010 トランキライザー

        
携帯電話が鳴り、忍足侑士は目を開けた。
画面を見なくても着信メロディーで解る。従弟である忍足謙也からだった。謙也は忍足と同年代の従弟であり、
週に二回ほど頻繁に連絡を取り合っては会話をする。兄弟、双子と言うよりも友人というのが一番近い。

「……出てええですか?すぐに片付けるんで」

会議室にいる榊太郎に聴くと榊が頷いた。忍足は携帯電話に出る。

『侑士。元気か?こっちはな……』

「……今ちょっと会話出来んのや。後でかけ直す。謙也。事情はそん時に話すから」

忍足は通話を終えて携帯電話の電源をきる。謙也のことだ。またかけ直してくるかも知れない。

「謙也というのは四天宝寺に居るお前の従弟だったな」

「たまに電話するんですよ」

四天宝寺は大阪にある学校であり、関西最強でもある。
前に聴いたところによると忍足侑士のことは四天宝寺で謙也の従兄として知られているようだったが、氷帝では謙也のことは
知られていない。忍足が話さないからだ。
携帯電話をポケットに入れたときに遠くから足音が聞こえる。二人分、足音を聞くだけで忍足は誰が来るか解った。

「お前は何やってるんだ。忍足!」

「跡部、来たんか。樺地も」

「ウス」

入ってきたのはタキシード姿の跡部景吾だった。恐らくはパーティの帰りだったのだろう。後ろにいる樺地崇弘が居る。

「……捕られるようなものを持って来るのが悪いとは言え取り返そうとする奴が居て騒動になるとはな。赤外線センサーとかも
置いておくべきだったかとか教師が言ったがそんなもん、人によっては無駄だろうし」

「何で俺の方を見るんや。俺かて赤外線には対抗出来へんわ」

赤外線センサーは投光器と受光する受光器で出来ていて赤外線が遮断されれば警報が鳴るというものだ。
忍足はそうは言っては見たが目の力を酷使すれば機械を殺せるし、そうでなくても誤作動を利用したりして相手をあしらえる。

「忍足は自分一人でやったと言っているようだが」

「そう言うことにしておいてやるぜ。この件に関しちゃ、明日生徒会や風紀委員会と話し合う必要があるな。忍足、テメェも出ろよ」

(……明日に回っただけで、面倒なのは変わらんな……)

サボってしまおうか、と忍足は考える。跡部は会議を開くつもりなのだろう。

「休むんじゃねえぞ。穏便にすませてやろうとしてるんだ。なあ、樺地」

「ウス」

「解ったわ……出るから……」

心を閉ざすことが出来る忍足ではあるが跡部や榊では見抜かれてしまう恐れがある。休もうとしたことも見抜かれていたので、
出ることになってしまった。

「この件に関してはお前に任せるぞ。跡部。まとめ終わったら私に言え」

榊は生徒会長である跡部に任せてしまうことにしたらしい。跡部がまとめ終わったのを使って教師の方にも働きかけるのだろう。
大事なのは権力だ。自分たちに優しければいっそう、良い。

「近日中にまとめます」

「俺、帰ってもええんか?電車があるからこれで……」

「送ってやるぜ。ありがたく想え!」

「─────────お言葉に甘えて」

速く家に帰って休みたい忍足ではあったのだが、跡部が送ると言いだした。疲れが押し寄せてきたのだが、断っても跡部は
送ると言ってくると言うことが予想出来たのでそのまま受けておくことにした。



靴を変えるときにナイフをポケットの中に入れ直した。ずっと歩きづらかったのだ。
跡部と樺地と合流し、一緒について行くと待っていたのは黒いロールスロイスだった。ロールスロイスと言えば王族の車とか
言われている高級車である。中に乗り込んだ。

「侑士!!」

「……お前、俺たちのために……」

「侑ちゃん!!」

中にいたのは向日岳人、宍戸亮、芥川慈郎だった。後部座席に座っている。口々に忍足が無事なことを喜んでいた。

「おまえら……中に入れてくれへん?樺地が入られんわ」

飛び出しそうになるジローや向日を忍足は止めるようにして言うと車の中に入る。隣には樺地が居た。
ロールスロイスの真ん中の席に忍足と樺地は座る。跡部は助手席に座っていた。車は外国車のためか左ハンドルである。
全員が乗ったことを確認すると車は発進された。

「パーティに出ていたらジローや向日が電話かけてきたんだぞ。お前が危ないって。事情を聴いたら何してるんだがとか、
想ったけどよ」

跡部が言うにはパーティに出ていたのだが、ジローや岳人が電話をかけてきた。顛末を説明したのは宍戸だった。
パーティを抜け出した跡部はそのまま氷帝学園に来てくれたらしい。

「サンキューな!!……侑士のお陰で取られた物は取り返せた」

「俺は巻き込まれたが」

「着いてきたー」

物を取り返したかったのは向日だけであり、宍戸とジロー、忍足は巻き込まれただけだ。

「持ち物検査はゲリラ的だったと言うか風紀委員会の独断みたいだったしな……ったく。俺は取られるようなものは
持ってこなかったが」

「お前から物を取り上げることは出来んから」

生徒会長、跡部景吾がどんな物を持ってこようとも没収出来るのは氷帝学園でも片手で数えられるぐらいだろう。
風紀委員会では無理だ。

「跡部、優しいよね。来てくれたし」

「親父も行ってやれとか言ってたからな」

「お前の父親……会社役員の……」

跡部の父親は証券会社の役員だ。跡部グループが経営している証券会社の人間である。パーティに一緒に行っていたのだろう。
たまにしか逢わないらしいが、跡部は父親のことを尊敬していると聴いている。
話していた忍足だったが携帯電話の電源をきりっぱなしであることを想い出し、電源を入れる。入れてから少しすると
メールの着信音が二回鳴る。謙也からだ。
”また、災難にでも巻き込まれたんか?”と言う内容であり、または余計や、と想う。

「誰から?」

「従弟や。電話が来たんけど、きってもうてな」

画面を後部座席にいるジローや岳人、宍戸が覗き込む。

「災難とか侑士は巻き込まれやすいってのは当たってるけど、昔からだったのか?」

「そうでもなかったで」

岳人に聴かれて忍足は曖昧に答えた。自分に災難が降りかかるようになってきたのはあの事故のせいである。
不思議な災難から、怪我をしそうな災難まで忍足は経験していた。死にかけたことも一度や二度ある。

「中学生に入ってから運が悪くなったとか」

「……違う違う。そこまで俺は運が悪いとは想っとらん」

宍戸と話ながら忍足は否定して中学、最初の頃を回想した。
人付き合いを避けてみようとしたら跡部とテニスの試合をしたことや、給水塔で向日と話したこと、
ジローに目のことを知られたことや、その他にも出会いで起きた出来事などだ。

「だが、騒動の中にはお前が居るよな。なあ、樺地」

「…………………ウス」

「樺地……躊躇せんでええわ。それについては」

否定出来ないことを言う跡部と、気を使ってくれている樺地に忍足は微苦笑した。



帰ると父親以外は家にいた。帰りが遅かったことに関してはテニスの練習が長引いたと言っておく。シャワーを浴びて、
出されている夕飯を食べてから自室へと行く。借りてきた恋愛小説を読む前に忍足は勉強机の椅子に座る。

「奇妙なもんやな、人付き合い……避けたいんに」

天井を見上げて、制御を緩めれば視界は黒の線で覆われる。忍足にとって死はとても近いものだ。
いつの間にか忍足は誰かと付き合っている。孤独でいようとしても完全に孤独にはなれない。
机の上にはナイフがある。明日のことを考えるときが重かったが、行くしかない。

「そや。謙也に電話……」

携帯電話を手に取ろうとして気がつく。

(……みんなに、支えられとるんかな)

目が異常になってしまってからも謙也との付き合いは変わっていないし家族もそうだ。友人だって、そうだ。
忍足の目の制御は精神に依存している。精神が安定していれば死は見えない。
ナイフがあると安心が出来るが誰かが居てくれることの方がもっと安心出来た。
友達や家族の存在は精神安定剤よりも、効いていた。


【Fin】

人付き合いを避けようとしているのに本当は人が好きだから人付き合いをしてしまうと言う風

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