013 深夜番組

        
土曜日の夜がそろそろ、日曜日の夜になろうとしている頃、財前光は自宅のパソコンで作曲をしていた。
部屋は暗く、両親も兄夫婦も甥っ子ももう寝ている。出来るだけ起こさないようにしながら、ヘッドセットをつけて画面を眺めながら
曲の調整をしていた。メロディーの方は歌詞が送られてきたので歌詞に音楽をつけて歌わせるだけだ。
財前が歌うのではなく、ボーカロイド、音声合成ソフトを使って歌わせる。

「こんなもんかな……一休みしよう」

マウスから手を放し、伸びをする。ヘッドセットからは自分がボーカロイド、初音ミクを調教(歌わせたりすることを
ボーカロイドを使ったりする人達は調教という)させて歌って貰った歌が流れてきた。
明日は部活もあるので夜更かしは出来ないが、やれるときに作業をしておかないと延ばし延ばしになってしまう。
インターネットが普及して、パソコンもスペックが上がったりしたお陰でパソコンでの作曲、DTMの世界は
著しく進歩した。楽器を実際に演奏するのと変わらないことをパソコン上で出来る。
やるにはソフトが居るし、資金もかかるが、一昔前では考えられなかったと聞いている。
目薬を差そうとしていたとき、パソコンに常駐させておいたアプリケーションソフトが反応した。

「美郁ちゃんがネットラジオをやるんか」

知らせが入ったのは、インターネットを使ったラジオ、ネットラジオの知らせだった。財前はソフトを起動させる。
専用チャンネル用のネットラジオのソフトはすぐに起動した。

『Guten Abend、土曜日が終わろうとしてる中、暇なのでネトラジしてみました。美郁です』

BGMが流れる中で、特徴的な声が聞こえてくる。聞く者の耳にハッキリ届く、ややトーンが低い声だ。
美郁というのはHNであり、本名ではない。

「ネトラジってことはミカくんが居らん言うことか」

美郁は動画投稿サイトではゲーム実況プレイヤー、ゲームを自分で話ながらやっている少女だ。
海外ゲームやホラーゲームなどをよくやっている。帰国子女らしく、外国語にも堪能だし、外国の事情にも詳しい。
実況動画によっては二十万を超えるアクセス数があったし、伸び続けている。
ミカくんと言うのは美郁の相方であり、友人で、彼女のゲームプレイにツッコミを入れる相手だった。
彼女は自分のコミュニティを持っていて……作る気は無かったらしいが出来ていたらしい……ミカくんが居るときは
自分のコミュニティで生放送をするのだが、居ないときは一人でネットラジオをたまにする。
財前はネットラジオのページから掲示板にアクセスするとキーボードを叩いて、掲示板に書き込んだ。

「こんばんは。こっちは新曲作ってました。ぜんざい……と」

ぜんざいと言うのは財前のHNだ。名字のアナグラムではなく、単に財前がしらたまぜんざいが好きだからである。
短い言葉だが美郁は聞き慣れた前口上を言っているのでその間に発言しておいた。
ネトラジは録音が専門でコメントが最近は少ないというのがあるらしいが、美郁がネトラジをするときに
開かれる掲示板にはコメントが多い。早くに掲示板にコメントを書き込んだので財前が書き込んだコメントも
すぐに読まれた。

『ぜんざいさん、こんばんは。新曲は楽しみにしてます。出来たら聞かせてくださいね。私の方は部屋に誰も居ないので、
借りてきたDVDを見ていたりしてました』

「もっちろん。知らせるわ」

財前が美郁を知ったのはたまたま暇潰しに見た実況からだ。ホラーゲームの実況であり、ラスボスと戦っていたときだ。
単調な敵を倒す作業に飽きた、と美郁が言い、相方の方が飽きるな、暇なら何か歌でも歌えと言ったときに
歌ったのが財前が作った歌だったのだ。
ミクを丁寧に使った歌で、とても好き、と彼女がコメントしていた。
コメントについては不意打ちだった。財前もボカロPであり、何曲も作ってきたし、歌ってみたで曲を歌って貰った時もあるが、
文字ではなく声で好きと言って貰えたのはこれが初めてだったのだ。
何のDVDを見ていたかというとヨーロッパの映画や日本のアニメなどらしい。
ヨーロッパの映画は彼女は字幕なしでも見られる。英語の他にもドイツ語やフランス語も分かるそうだ。
日本よりも外国暮らしが長い。

『明日は部活が無いんだけど、ストリートのテニスに誘われてるから行くつもり……だから早く寝ないといけないんだけど……
目がさえちゃって』

(硬式テニスやっとるんやよな……)

財前も関西最強校である四天宝寺中学校で硬式テニスをしている。美郁の方はプライバシーを全て話しているわけではないが、
ネトラジの話題で出た。財前と同じ左利きであったり、左利きだから苦労した話題も聞いている。
そのことは財前も共感していた。左利きはスポーツでは有利になるが、日常生活では不便だ。
ネットラジオの内容は美郁が日常を話したり、台詞リクエストも出来る範囲でなら答えるというのがあった。
悩み相談なども受け付けていて美郁の好き勝手なネトラジだが、日本語を出来るだけ使うと言うルールがある。
彼女は今も不意に外国語で答えたりしてしまうことがあるらしい。
ゲーム実況も日本語の練習を兼ねている。掲示板を更新してみると初見の人が書き込んでいたり、
常連も書き込んでいた。聞いている人間も百人を超えている。

『テニスは長くやってるね……このごろは昼休みにバドミントンをしてるかな……?』

バドミントンを昼休みにやって勝敗を決めて、負けた方が勝った方に奢ったり、料理を作ったりしていると美郁は言う。
美郁はお菓子作りが得意であるらしく、作ってくれと言われるのだそうだ。
甘いものが好きな友人達が居て、二人でケーキワンホール食べるというのを聞いた財前は甘すぎる、と言うコメントを掲示板に
書き込んだ。

「ケーキ二人でワンホールか。こっちやと金太郎とかやったら食べられそうな」

金太郎は遠山金太郎、財前の後輩であり、スーパールーキーだ。財前も天才と言われているが金太郎のはベクトルが違う。

『……作る私としては食べてくれるのは嬉しいのだけれども、見てると胸焼けするかな……』

ぜんざいのコメントを見て美郁が返していた。
次のコメントは要約すると生放送はもうしないのですか? とコメントだった。財前の次のコメントである。

「生放送、あったな……美郁ちゃん細かったっすわ」

アクションゲームの実況をしていたとき、余りにも上手すぎるため、美郁が本当にしているのかという疑惑が持ち上がり、
疑惑を解くために美郁が手元を見せながら、生放送をすることになったことがあった。
夜八時ほどにやると言うことで財前は部活を切り上げ、急いで帰り生放送を見た。彼としては疑惑よりも美郁がどんな人なのか
気になったのだ。
高級そうな貰いもののワンピースを着ていた美郁は顔は写さないようにしていたが、財前と同じ年ぐらいの印象があった。
生放送はと言うと彼女がコントローラーを握り平然と動画のようなプレイを繰り広げていたので疑惑が解けた。
次に行われた生放送で聞いた話では生放送の時着る服がミクのコスプレになりそうだったことを彼女は言っていた。
その時に彼女のミクについての意見も聞けた。

『生放送はするよ。前みたいに自分は映さないだろうけど、恥ずかしいからね……』

照れた声で弁解する美郁を財前は可愛いと思ってしまう。ネトラジを聞き始めてから一時間が経過した。

「そろそろ眠くなってきたんで終わるか……夜中やしな」

美郁が眠くなってきたので今日はこの辺で終わると言ってきた。EDの曲が流れている。

『ED曲はいつもの締め曲で、そろそろOPとEDも変えたいんだけど……作ってくれるかな?』

OPとED曲は歌がない曲だが、美郁は知り合いに作ってもらったりするらしい。
今の曲は友人が気まぐれに作った曲をパソコンで打ったものだ。ピアノだけが使われているクラシック系の音楽である。
ネトラジの曲は著作権の問題もあり、選ぶのに苦労する。曲によっては使用料を払わないといけなくなるからだ。
美郁の悩みを聴いた財前は掲示板にまた書き込む。

「送信、と、気づいてくれるかな」

終わり間際になると美郁が掲示板の発言を見逃してしまうこともあった。

『ぜんざいさんから……曲、オレが良かったら作るっすわ。……ありがとう……お願いします。何かお礼が出来たら良いのだけれど』

「礼は……ミクコスとかして貰いたいけど」

関西弁の発音がおかしい美郁であったが彼女は関西弁が聞き取ったり話したりすることも苦手と言うことは知っているので
気にならない。発言は打たずに言葉だけに留めておく。

『Dann.Die Nacht,als alle von Ihnen gut sind.Gute Nacht.』

最後はドイツ語で話して欲しいとリクエストがあったので美郁がシメの言葉をドイツ語で言い、ネットラジオは終わる。
財前は止めた作業をまた再開した。

「どんな曲にするかな」

美郁のネットラジオに流す曲を財前は作ることにした。あれこれ考えながら財前はマウスを動かし始めた。



徹夜をするつもりはなかったのに、起きていたのは三時ぐらいまでであった。
財前は眠気を堪えながら、部活に向かう。骨組みは出来たので完成に持って行くだけだが短い曲でも妥協は出来ない。

「光。おはよーさん、眠そうやな」

「謙也先輩は元気ですね。煩すぎっすわ」

肩を叩かれる。叩いたのは一年上の先輩である忍足謙也だ。

「試合、付き合えや。昨日ユーシと電話して後輩と打ち合う言う取ったからオレも負けんと打たんと」

「金太郎と打ってください」

ユーシは謙也の従兄であり、東京の氷帝学園に通っている。謙也と同じようにテニスをしていた。
話ながら財前は美郁も東京にいることを想い出した。東京と言っても広いので何処にいるかは知らないが逢えるなら
逢ってみたいものである。
自分の曲を褒めてくれたことを聞いてから、財前は彼女にメールを出した。交流は続いている。
懇意にしているスタインPとも逢いたいっすわ、など眠い頭と今の思考では謙也の声よりも熱中している話題の方に
行ってしまう。

「オ レ と 打 と う な 文 句 は 言 う な」

ギリギリと肩を掴みながら謙也が言う。財前は痛みに目を覚ましながらも謙也の手を払いのけ、仕方が無さそうに
溜息をついた。


【Fin】

初めての四天宝寺ではあるがこんなのでいいのかというかキャラが掴めていないかも知れない。
ぴくしう゛のねたとかまざってます

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