019.ナンバリング

「トランプやろうよ」

帝光中学校、正レギュラーの男子バスケットボール部室にて、掃除を終えた黒子リンネは着替え終わっている副主将、
白水マサトと青峰大輝に話を持ちかけた。リンネは手にプラスティック製の豪華な装飾のトランプを持っている。

「ならスピードやろうぜスピード!」

「三人でやるのにスピードは無理。それにトランプが痛む」

「綺麗なトランプだね。外国産かな」

「母さんのイギリスのお土産」

青峰はスピードをやりたがっていた。スピードというのは二人でやるゲームでトランプを赤色と黒色に分けて、
お互いに向き合い、自分の前に札を四枚並べ、残った札は真ん中に置く。合図と共に札を捲り、どちらの陣地でも良いので、
置いてあるトランプの前の数字か後の数字のところにトランプを並べていく。並べられる札がない場合もう一度捲っていき、
最終的に自分の手札を全て無くした方の勝利であるが、スピードと言う名のゲームの通り、一番求められるのは
札を判断して置いていく能力だ。トランプがボロボロになっていく。
白水がリンネの出したトランプを手に取る。ケースもプラスティックで柄は不思議の国のアリスだ。
リンネの母親は考古学者で学会に出たときにお土産に買ってきてくれたらしい。

「白水にリベンジしたかったんだぜ。コイツ……」

「……ハク、スピードでブルーに勝ったの?」

リンネは白水に聴いているが青峰の言葉が信じていないようだ。青峰は反射神経が非常に優れている。
白水がゲームの達人であることをリンネは知っているが、スピードで勝てるとは想っていなかったのだ。

「勝ったよ。青峰くんがいくら速くても、札を出さないようにすれば良いだけだから」

穏やかに白水は笑う。
青峰は確かに速いがスピードは札を減らしていくゲームだ。出せないようにして動きを封じ込めて自分が有利な状況に
白水は持って行ったらしい。彼はそう言った作戦が非常に得意なのだ。

「……つまりバカは秀才に負けたのね」

「バカ言うな!」

「リンネ。何のゲームをしようか。もう一人いるのだったらブリッジとかやっても良いんだけど」

青峰を無視して白水はゲームを決めようとしている。ブリッジというとトランプゲームのブリッジだというのが浮かんだ。
母親が帰ってきたらお父さんと一緒にしてみようかと言っていたが、リンネはルールを知らない。
点数を競うゲームで世界で一番プレイ人口が多いトランプゲームではあるらしい。

「白水……お前トランプで橋を作ってもしょうがないだろう。トランプタワーみたいに橋を造って対決したいのか?」

ブリッジを橋と解釈している青峰ではあるが白水の言うブリッジの正式名称はコントラクトブリッジと言う。
リンネを白水が乾ききった視線を青峰に送ろうとしたときに部室の扉が開いた。

「……リン、掃除中だったのか?」

「緑くん。それとアニキ」

部室に来たのは眼鏡をかけた背の高い少年、緑間真太郎だ。リンネは緑間に声をかけて背後にいる双子の兄にも声をかけた。
しかし、リンネ以外は黒子テツヤのことに気がついていなかったらしい。驚いている。
緑間の身長が高すぎて黒子が見えなかったこともあったのだが、元々黒子は気配が薄い。

「………黒子!俺の背後を取っているとは」

「君の背後を好きで取ったわけではありません」

「テツ。緑間、お前等もトランプやろうぜ。何やるか決めてないけど」

「トランプ……一回ぐらいならしても良いのだよ」

「僕もやります」

青峰が緑間と黒子をトランプに誘う。二人はトランプゲームに加わった。

「五人揃った。やるゲームはダウトなんてどうかな」

「やろうよ。ダウト」

「ダウト……どんなんだったかっけか」

「順番を決めてトランプを出していくゲームです」

白水がダウトをやることを提案した。リンネもやる気になっている。
ダウトのルールを忘れている青峰に黒子が説明をした。
まず、ジョーカーを抜いたトランプをプレイする人数分に分けて配る。
次に順番を決めて1〜13の順番にカードを宣言しながら出していく。
ただし、出すカードは偽っても良い。三を出すと言っておきながら四を出しても良いのだ。
無いときもパスは許されず嘘をついて出さなければならない。
他のプレイヤーは怪しいと思えばダウトと言い、嘘を当てられたらカードを出した物が出されたカード全てを持ち札に
しなければならない。もしも嘘ではなかったらダウトと言った者が札を持ち札にしていく。
繰り返していって最終的に手札を全て無くしたものの勝利だ。

「ジョーカーを入れるルールもあるが今回は辞めよう」

ジョーカーを入れる場合、ダウトと言われても、言った者が捨て札を全て持ち札にしなければいけないと言うルールになることもある。
白水はリンネからトランプを受け取るとケースから出してシャッフルを始めていた。

「最下位の人はみんなにコンビニで何かを奢ってね」

「今度こそ白水を倒す」

「倒せるなら倒してみると良いよ。青峰くん」

「……最下位にはなりたくはないな」

「奢りは決定なんですね」

何かをかけることによって勝負が白熱するということはある。最下位の者が奢るというペナルティがあるために
負けられないという気負いがあった。中学生の小遣いは限られているのだ。青峰は白水を倒したがっているようだった。
リンネの隣に黒子が座り、黒子の隣に青峰が座る。その隣に白水が座り、緑間が座る。緑間の隣にはリンネが居て円形になる。
手際よくシャッフルした。トランプをそれぞれの前に配る。

「私からアニキ、ブルー、ハク、緑くんの順番ね」

配られた札を確認する。整えることはしない。整えたりすると相手には札の内容を把握されかねないからだ。
リンネは全員が整え終わったことを把握すると一、と言いながら真ん中に伏せた札を置いた。



「ダウトだよ。青峰くん」

「……白水……」

何巡目かして白水が言う。青峰は一番上の、自分が出した札を捲ると当たっていた。青峰は渋々札を自分の手元に寄せる。
青峰は手札をざっと眺めるが、何度か偽りの形跡があった。指摘しておけば……と後悔もある。

「お前はわかりやすのだよ。十二……」

「さっき、テツにダウトって当てられた癖に」

緑間が横目で青峰を見つつ札を置く。青峰ほどではないが緑間の手札も多い。

「十三」

「一です」

「お前等トランプ中か……ダウトをしているみたいだな」

「こんにちは」

リンネと黒子が札を出してすぐ後に部室に主将とマネージャーの柊ノエルが入ってくる。ノエルは手にブックカバーのついた
文庫本を持っていた。

「柊くんや主将も後でやらないか?……二だよ」

「会話するか札を出すかのどっちかにしろよ」

「三だ」

白水が札を出した後で青峰が三枚ほど纏めて三を出した。ダウトは手持ちの札があれば何枚か纏めて出せる。嘘の札を混ぜても良いし
全部を嘘の札でも良いのだが、その辺りはプレイヤーの采配にかかっている。

「最下位になったらみんなにコンビニで奢りなのだよ……四だ」

「みんなってことは俺とウサギも入ってるな」

「どうしてそうなるのだよ」

「お前、ウサギに物を奢ってやろうとか想わないのか。後輩だぞ」

主将はノエルのことをウサギという。理由は長い髪の毛をツインテールにしてリボンをつけているからだ。ウサギの耳に見えるらしい。

「五だよ」

「六です……しかしそれは百歩譲って柊さんが奢られる理由になるにしても主将が奢られると言う事にはなりませんが」

「俺だから良いんだよ」

リンネが五を二枚出した。黒子は六を一枚出す。
主将は堂々と自分が奢られる理由を宣言したが、理不尽すぎた。ちゃんと聴かなくても全く理由にはなっていない。
それでも主将は奢りを押し通すだろう。ここで最下位はダウトのプレイヤーにプラスして主将とノエルにも
コンビニで奢るというペナルティが追加された。

「絶対に負けられない……七だ」

「キャプテン。誰が勝つのでしょうか」

「俺の順位予想はあるが、ウサギ、こっちに移動するか」

青峰が七を出す。主将とノエルは邪魔にならない場所に移動する。ノエルにだけ聞こえるように主将はささやいた。
この間にも攻防は続いていく。主将はその間に携帯電話を出してメールを送っていた。

「ダウトだろ。それ」

白水が出した札が嘘だと青峰は見抜いた。白水は札を捲ると宣言は当たっていた。白水は札を引き寄せる。

「見抜いたんだね」

「ここからが本番だ。俺の札も大分減ってきた!」

青峰の手札は減ってきている。
嘘を見抜かれたり、嘘を見抜こうとして外れてしまったことで青峰の手元に来た札だが、少なくなっていた。
このまま追い上げ出来れば一位になれることも可能になるぐらいである。

「緑くんの手札……多くない?」

「黒子が見抜いているのだよ」

緑間の手札は青峰ほどではないが多い。三位か四位ぐらいだ。再びゲームが再開される。
二巡目ほどしたときだ。

「十、あがりです」

「……テツ。お前、いつの間に手札を減らしたんだ!?」

「地道に頑張りました」

黒子が十の札を二枚伏せた状態で出した。黒子の手には札が何もない。誰も何も言わない。黒子の真偽を見抜く材料がないのだ。
本当に黒子が十の札を出したかを確かめようにも、判断材料がないし勘でダウトだと指摘したとしても、外れれば積み重なった札を
自分の手札にしなければならない。

「俺の予想が大当たりだ」

「青峰先輩や白水先輩や緑間先輩が争っている間に」

「こういうのをりょうふのりって言うんだぞ」

「キャプテン。それはぎょふのりで……」

主将の予想が当たっていたことにノエルが軽く拍手をしている。皆が争っている時に黒子がかっさらうというのは良くあることだ。
何度もやられているのに警戒出来ないのは黒子の存在が薄すぎて忘れ去られてしまうからである。
主将が自信満々に故事を言うが、黒子が修正した。漁夫の利は争われている間に第三者が利益を得てしまうことだ。
黒子は主将にチョークスリーパーをかけられている。

「……最下位に入らなければ良いのだよ」

「奢られるのは回避されるだろうが、狙うなら上位だ」

緑間と青峰が気合いを入れ直している。黒子は後ろに移動していた。札が積み重なり、途中でリンネがダウトと当てて
青峰に札を押しつけた。

「また押しつけられたね。青峰くん」

「リン。怨みでもあるのかよ」

「無いってば。十三……あがりね」

「ダウトだ」

リンネが十三の札を二枚伏せる。青峰が言うとリンネは札を捲る。
ダイヤのキングとハートのキングだ。正しい札をリンネは出す。青峰の前に二枚のキングを押しつけた。

「……リンネは強いね」

素直に白水は感嘆する。リンネも抜けて残りは白水と緑間と青峰だけになる。

「ここぞと言うときに強いんだよな。リンは」

「また正解しました」

主将の予想は二回連続で当たっているようだ。黒子は後ろでスポーツドリンクを飲んでいる。

「……これは最後までやると非常に時間がかかると想いますが」

「引かないんじゃない……?」

ダウトは上がっていけば上がるほどプレイヤーが減っていく。つまり手札が各プレイヤーに多く振り分けられるようになり
判断材料が増えていくのだ。このために終わらなくなっている。一位が出た時点で各プレイヤーが持っている札の数で
順位をつける方法もあるが取れなかった。残ったプレイヤーはやる気だからだ。



黄瀬涼太と桃井さつきは部室に行く途中で逢い、二人で部室へと来た。

「ダウトやってるッスね」

「誰が勝ってるの?」

「黄瀬先輩、桃井先輩、黒子先輩とリン先輩が上がってから誰も上がってません」

そっと部室に入ると黄瀬と桃井は刺激しないように後ろの見物客へと行く。スピードでもやるかの如く青峰が叫びながら
札を叩きつけていた。
ダウトはトランプを勢いよく叩きつけてなくても出来るゲームである。
黄瀬と桃井は最下位の者に奢って貰うつもりで居た。

「テツくん、さすがー」

桃井が黒子に抱きつく。彼女は黒子のことが好きなのでことあるごとにアピールしていた。黒子がそれでなびいているかは
クロコ本人にしか解らない。

「三番手が決まらないッスね……青峰っちッスか?手札減らしてるッス」

「……そうでもねえぞ……」

手札を見る限りでは青峰と白水が同じぐらいで緑間の手札がやや多いぐらいだ。よく見てみれば青峰の方が減らしている。
このまま青峰が三番手かとしていたが、主将は違うとしていた。
勝負は先ほどと変わっていないように見える。だが、確実に違いが出ていた。

「お兄ちゃん……」

「……やってくれましたね」

リンネと黒子が策に気がついた。青峰の札は確かに減っていて、四枚しか無くなっている。

「九なのだよ」

「十だ」

「ダウトだ。青峰」

出した札を緑間が指摘し、青峰が札を捲る。スペードのキングだった。青峰が札を回収する。
勝負をしていなかったりすでに勝ってしまっている者達は後ろから札を見られたのだが、青峰が持っていた最後の札は
十三が四枚だった。

「偶然、ですか?」

「やったんだろ。白水が」

リンネや黒子や主将は見抜いていた。
白水マサトが青峰大輝に十三の札が四枚行くように札を操作していたと言うことを、青峰が上がれないようにしたのだ。
出来るのか?と問われれば、白水なら出来るだろうと言えた。彼はゲームに関しては非常に強い。
特に強いのはボードゲームだが他のゲームも強かった。

「帝光バスケ部の中で一番性格が悪いだけあるッス!!」

「聞こえているよ。黄瀬くん」

「白水が性格が悪いことは誰だって知ってるだろう。帝光バスケ部じゃない。帝光中で一番性格が悪いんだよ!」

(青峰……お前は地雷を、地雷を踏んだ)

黄瀬が後押しして青峰が完全に白水を本気にさせた。雰囲気が一気に変わったことを黄瀬と青峰以外が感じる。

「……ハク……手加減、してあげてね」

「解ったよ。リンネ」

解ってないだろう、と主将は心の中で呟く。ノエルは主将の服の裾を掴んでいた。怒らせると怖いのは白水である。

「青峰くんに何を奢ってもらおうかな」

「決定ですか。桃井さん……僕も考えておきます」

桃井と黒子は青峰が最下位になってしまうと決定してすでにメニューを考えている。
─────────勝敗は、語らずとも決まっていた。


【Fin】

最下位は青峰と言う事で

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