026 The world

       
少年が目を覚ますと、寝袋らしいものに寝かされていた。
見えたのはテントだ。青色のコンパクト用のテントで中はやや広い。

(僕、は──)

どうしたのだろうか。テントなんて自分は持っていない。ここは誰かのテントだ。そもそも、ここは、何処なのか……。

「目ぇ、覚めたみたいやな。そこにキミのボールベルト、あるよ」

テントに誰か入ってくる。
来たのは、銀髪の青年だった。髪の毛はショートカットであり、眼が細い。ボールベルト、と言われて少年が慌てて
ボールベルトを手に取る。六つのモンスターボールが着いた白色のベルトだ。
カタカタとボールが揺れる。
──N、良かった。
少年にしか聞こえない声がする。声は中にいるポケモンの声だ。はぐるまポケモン、ギギギアルの声である。

「レシラムは……」

「あの白ドラゴン? 外に居るよ。まさか、イッシュの伝説のポケモンが降ってくるなんて、想わんかったけど」

「……レシラムのことを、知っている?」

驚いているとは言っていたが青年の飄々とした口調からは真意が読み取れない。
レシラムという名を呟いたが、その名に反応が返ってきたのも驚いた。自分はイッシュ地方から離れたところまで来たはずだ。

「ボク等はイッシュ地方に居ったことあるんや。そん時に話を聞いてな」

ボク等、と青年は複数形で言っていた。見てみるが青年はジャンパーを着ていて、首にはマフラーを巻き、
防寒対策をきちんとしていた。

「寒い……」

「そりゃそうや。ここはテンガン山、シンオウ地方で最も高い山にして、地方を東西に分断しとる山やで」

「シンオウ地方……」

「キミ、外に出ようか。連れがレシラム見とるから」

青年の言葉に従い、寝袋から出て、テントからも出る。冷えた空気にさらされて身体が震えた。
出た先は広々としたくりぬかれた場所である。テントから少し離れたところに巨大な白いドラゴンが蹲っていた。
はくようポケモン、レシラム。
レシラムは目を閉じていて、女性がレシラムを撫でていた。黒の長髪に、滅紫色の瞳をした少女で、彼女も厚着をしている。

「……寒くない? 私もギンもここに来るためにコトブキシティで防寒具を新調したのだけれど」

「とにかく飛んでいきたかったから……考えていなかったんだ……」

「そうみたいだね……着の身着のままみたいだったから、てっきり自殺しようとしているのかと想って……かといって
遺書なんて持ってなかったし」

「……遺書は書く暇がなかったと言うか……解らなくて……どうしたらいいのか自分で決めるとは、言ったけど……」

自殺、と取られてもおかしくないだろう。言葉が紡げていない。モヤのようになっていて、吐き出せない。

「キミ、名前は?」

「N……」

「……えぬ、言いやすい名前だね……私は櫻姫でこっちはギン……適当に旅をしている途中なんだ」

「オウキ……ギン……」

「ボク等は旅の途中で……」

会話が進まないことを察してか先にギンの方が話してくれた。かつて二人がイッシュ地方にいたこともあったが
今は、気の向くままにあちこちの地方を旅して回っていること、シンオウ地方に来た時に、
テンガン山に上ってみたいとオウキが言いだしたので上っていたことだ。
その途中で空から降ってきたレシラムとNを発見したらしい。
それを聞いてNは記憶を呼び起こした。
レシラムに乗って空を飛んでいたら、何かに足止めされるように、レシラムの意識が途切れて、落ちていったことだ。
Nも飲まず食わずで飛んでいたためレシラムが地面に落ちたとき自分も倒れてしまった。

「私やギンが見つけてなかったら……貴方は、凍死していた気がする」

伝説のポケモンであっても、疲労がないわけではない。飛び続けていたうちに限界が来たのだ。
レシラムは二人が休ませてくれているので徐々に体力は取り戻しているようだ。

「この山に、足止めをされたような……」

「テンガン山に……? ここなら、ありえるかも」

「あり、える?」

ありえると言いきったオウキの言葉の意味が分からず、Nが聞く。教えてくれたのはギンだった。

「さっき言うたやろ。テンガン山について」

「シンオウ地方で最も高い山で、シンオウ地方を東西に分断してる……」

「もう一つあるんや。シンオウ地方が始まった場所とも言われとってな……この山の頂上には『やりのはしら』言う
遺跡があって、そこに伝説のポケモンが居るらしい」

「……レシラムの、ような……?」

少しだけ聞いたことがあるが、他の地方にも伝説のポケモンは居るらしい。

「で、キミはなんでイッシュ地方からはるばるこんなところまで飛んで来たん? いくらイッシュ地方からここがまだ、
近い言うても、遠いんやで」

イッシュ地方がある大陸とシンオウ地方がある大陸は距離が離れている。
ギンが言っているのはシンオウ地方とイッシュ地方で比べればまだ近いと言うことであり、例えば、カントー地方とイッシュ地方だと
非常に遠くなる。ポケモンで空を飛ぶよりも飛行機や船などを使った方がいい距離だ。
どこまで話すべきなのかとNは言葉を詰まらせた。
──彼等は、信用出来る。
そこに声がした。レシラムの声だ。二人は、Nが話すまで待っている。

「僕が、レシラムと飛んで来たのは……」

誰かに、聞いて欲しいと言う想いがあったのだろう。Nは、自分の身のうちを話し始めた。



赤々とした火が燃えている。
側に座り、Nはイッシュ地方での出来事を話した。プラズマ団というポケモンを解放するための組織の王様であったことや、
解放するとは言ったが自分が思っている世界とは違っていたので困惑したこと、それでも、解放をしようとして、
最後には止められたことだ。オウキもギンも座ってたまに気になった箇所を質問しながらNの話を聞いていた。

「ちょっと離れた間にイッシュ地方がそんなことになっていたとは……時間が経つのは早いね」

しみじみとオウキは言っている。Nの話を全て聞いても怒っているようなことはなかった。

「貴方たちは、ボクを責めたりはしないのか?」

「イッシュ地方には知人とか友人は居るが恐らくは無事やろうし、キミはやりたいことやったみたいやし、で、結果的に悪いんは
ゲーチスとか言う奴だろ。責めてもしゃあないわ」

恐らくは無事というところは信頼を込めているのをNは感じ取る。

「……貴方は私と違って生き方を選べなかったし、偏った世界しか知らなかったみたいだからね」

「私と違って……?」

オウキの言葉をNは繰り返してみる。
それは、羨ましがるとか自分を上にしているような意味ではなく、こもっている感情が、自分と同じような、
しかし自分よりも、不幸であるような、同情のような、同類を眺めたような、複雑そうな感情がこもっていた。

「キミ、ポケモンがモンスターボールに居る世界しか知らんやろ。こことかイッシュはモンスターボールやけど、オブリビアとか
アルミアとかはボール使わんからな」

「オブリビア……? アルミア……?」

話題を変えるようにギンが言う。聞いたことのない地名が出た。ちょっと待っとり、とギンがテントの中に入っていく。
帰ってきたギンは折りたたまれていた小さな紙を持っていた。
ギンが手で触れると小さな紙は一気に広がり、世界地図となった。

「ここがイッシュで、この辺りだね。モンスターボールが使われてる地域」

左手の指先をオウキは地図に滑らせた。この辺りと指し示されたところはシンオウ、カントー、ジョウト、ホウエン、イッシュや
他の地域も指し示されていたが、それを抜かしてもまだ世界は広かった。
イッシュ地方など、世界地図の一部。
ポケモンリーグの点が小さい。そこに出た城の一室がかつての自分の世界の全てだった。

「広い……」

「世界地図やからな。イッシュを出るときにギーマがくれたんやけど……他の地方の地図欲しかったわ」

「折りたたみ式で小さくなるから良いじゃない」

レシラムで空を飛んできた方向が何となくではあるが、察せるようにはなる。広々とした海を駆け抜けた。
Nにとっての世界は城の小さな部屋だけだ。

「……世界は、こんなに、大きいのか」

「ボクが言ったオブリビアとかアルミアはこの辺。モンスターボールは使とらん地域や。代わりにポケモンレンジャーが活躍しとる」

ポケモンレンジャーについてはNも知っている。イッシュ地方でも見かけた赤い服を着た者達でポケモンの力を借りて自然災害に
立ち向かっているという人々だ。

「使ってないって……じゃあ、ポケモンとは……」

「信頼じゃないかな。互いに助け合うとか、そうじゃないときもあるだろうけど」

「さかいにポケモンと気持ちを通じ合わせるポケモンレンジャーが多めにおるんやろうな」

ポケモンをモンスターボールに閉じ込めずに一緒に過ごしている者が居るというのもNには衝撃的だった。
知らないこと、ばかりだ。
Nは沈黙し、心の底から溢れた想いをじっと見る。眺めて、その中から言葉を選ぶ。

「……僕には、ちゃんと向き合いたい相手が居るんだ……僕は色々なことを知っていたようで、知らなかった……彼女は、
僕を励ましてくれたし、飛び出した僕に手を伸ばしたけれど、彼女と向き合うような力が、無い。でも、僕は向き合いたい。
知らなきゃいけないことが、沢山、あるんだ」

レシラムと対になるこくいんポケモン、ゼクロムに選ばれた彼女はNと向き合い、戦った。
真っ直ぐにNを見て、自分の力を信じて理解しようとしてくれたし、間違っていると想ったらぶつかってきた。
Nにとって彼女は、セシリアは眩しかった。今も眩しすぎる。Nの言葉を聞いたレシラムが鳴いた。

「そんなら、キミが知らなければあかんことは多いやろう。──ボク等も付き合うよ。キミが何かを知ろうとしはる旅に」

「付き合う……?」

「縁があったと言うことだし、この世界はまだ生きやすいけれど危ないことはあるからね……私達は手伝いはしたいけど、
選ぶのは貴方」

一瞬だけ顔を見合わせていたギンとオウキが言う。Nに興味を持ったようだ。

「……ありがとう……って言うんだよね。こう言うときは……僕の旅に付き合って、欲しい」

二人の言葉をNは受け止めて、承諾する。Nを心配してくれているのだ。
ボールベルトのモンスターボールが何度も揺れる。ポケモン達も、Nと共に行くと言ってくれていた。その気持ちが伝わる。

「まずは戻ってコトブキシティかな。テンガン山はすぐに登れるし……物を揃えないと」

「キミは何処に行きたい? ボク等は何処でも良いから、キミに付きそうよ」

「シンオウ地方を……見て回りたい……せっかく、来たんだから」

世界を知ろうとするNの旅が、始まる。
まずはシンオウ地方を巡ることにした。テンガン山を上ることも考えたが、その時ではないとレシラムが言ったのが伝わってきた。
──セシリア、僕は君と向き合えるように、なるから。
イッシュ地方にいる彼女に、Nは心の中で呟いた。


【Fin】

こっちのポケモンのイッシュ編が終わったという酷く飛んでいるところです。これ書いた時点ではうちのポケモンの中での最新話(時間軸的に見ても)櫻姫とギンはまあ別館のあの二人です

もどる