029 デルタ

        

「ミクスドなんですけど、どうします?」

聖ルドルフ学院生徒会室、今日の昼休みは生徒会メンバーが全員揃っていた。
生徒会室の中心にある木製の長方形のテーブルを囲んでいる。
揃っている間に他の委員会から来た書類を纏めたり、決めるべき事を決めないと行けないのだが、聖ルドルフ学院
生徒会長、観月はじめが悩み、決めようとしていたのは自身が所属しているテニス部のことだった。

「――大瀧。観月が君に聞いてるよ」

生徒会副会長の一人である楼蘭石榴は隣のもう一人の副会長である大瀧歌織に話しかけた。
生徒会メンバーは全員が席に着いている。制服の裾を持っているボールペンで突くとイヤホンをしていた歌織は
気がついてイヤホンを外した。
机の上の紙には音符が書かれているので作曲していたのだろうと誰もが気がつく。
五線譜の上で書かれていないので解読が出来るのは歌織だけだ。

「……ミクスドについて、観月くん、聞いてますけど、何です? ミクスドって」

「テニスの男女混合ダブルスのこと。男子の枠で試験的に導入されることになったの」

聞いていなかった歌織に補足を入れるように、また、自分の疑問を解くために喋ったのは会計の一人である小早川眞弓だ。
歌織は話題を呑み込みつつ、眞弓に説明をする。

「それについては若も言ってたわね……厄介そうだけど」

「唐突に言われたんですから厄介ですよ」

「テニスはシングルスが三つとダブルス二つだったよね。ダブルスが削れるのかな」

「試験枠だからどこが削られるか不明なの」

会話に加わったのは生徒会書記の一人である背の高い少女、七萩せつらだ。
若は彼女が通っている古武術道場の息子のことだ。観月がせつらの言葉に頷いている。
生徒会会計の一人である天枷義王の言葉に答えたのは歌織だ。今頃悩みを想い出したかのように悩んでいる。
観月と歌織はテニス部に所属している。生徒会室でテニス部のことについて決めることも多々あった。

「女テニの方は千歳が来たから、余裕はあるだろう」

「そうなんだけど、誰を送るかがネックでね。選択肢としてはダブルス向けの人なんだけど」

生徒会書記の一人である村神時人が話題を進めた。男子ではなく女子の方を先に聞いたのは村神が前にミクスドのことを
聞いていたからだ。女子テニス部の方は四月に一人、三年生の強い転入生が入ったため、若干の余裕が出来た。

「勝つのなら森村とか……」

ボールペンを回して石榴が言ったのは森村撫子、二年生のエースだ。彼女をダブルスに出せばいいのでは無いかと
提案したが観月が否定する。

「撫子はダブルスは苦手だと言っていました。茜崎さんもそうですし、女子テニス部も勝てる札を減らしたくはないでしょう」

「回せそうなのは、私、恵恋、螢、鈴里辺りね……萌と紅花のコンビは崩せないし。真鶴はシングルス向けだし」

茜崎聖良は女テニの部長であり、撫子のようなシングルス向けの選手だ。
三原恵恋、緋咲螢、守櫻鈴里はダブルスもこなせる。歌織もそうだ。籠原萌と秋津紅花はダブルスでは固定だ。
全国区を狙えるダブルスのカードは崩せない。

「一枠だけなのが幸いしましたが……何処の枠が崩れるか解りません」

「……男子ならば、吉朗や木更津、柳沢は出せないな……出すとするならばお前か裕太か金田か。――野村か」

「弱いですから野村くんは出しません」

考え込んでいた村神が今度は男子テニス部では誰が出るかについて言う。
村神は文芸部部長であるがテニス部部長である赤澤吉朗と親しいこともあり、テニス部の内情に詳しかった。
赤澤はシングルスでは全国区であるし、木更津淳と柳沢慎也はダブルス向けだが固定コンビだ。
崩せない。
観月や二年生の不二裕太、金田一郎、それと三年生の野村拓也の名前を村神は出したが観月が野村について否定する。

「村神の発言を切り捨てたね」

「ノムタク君、補強組なんですからー」

楼蘭が呟き、眞弓が言う。
補強組はテニス部を強化するために外部からスカウトされ、集められた選手だ。観月もそうである。

「すみません。生徒会の話し合いはしていませんね」

「案件については決められることはさっさと決めておけば、残りは皆が暇なときに進められるだろうし、そっちは大変だね」

生徒会全員が揃っているというのに話していることがテニス部のことであったので、観月は謝る。
首を緩やかに横に振りながら義王はテニス部について優先させた。
義王の剣道部は人数は少ないし、団体戦も何とか出られるぐらいしか居ないが、テニス部はそれなりに人数が居る上に
新しいことをすることになったのだ。ルドルフ学院はテニスに力を入れている。野球部にも力を入れているが、
どちらにしろ、結果は出さなくてはいけないのだ。
スポーツ部は他にもあるが、テニス部や野球部はプレッシャーが大きい。

「素人意見なんだけど、一年生は? 即戦力になりそうでなおかつ、ミクスドに行ける……」

石榴が挙手しながら話す。ルドルフ学院がテニス部に力を入れていることは都内でも知られたところだ。
今年はテニス部に入るために来たであろう一年生も居るはずだから、レギュラーから出すよりもそちらをアテに
してみるのも良いのではないかと言う考えだ。

「歌織、そんな子……居るの?」

せつらもそのアイディアは悪くないだろうと、歌織に聞いてみる。歌織は新入部員の顔を思い浮かべた。

「……一人、居るわね。観月、早川楓、知ってる?」

「知っています。彼女ですか」

「生え抜き組と補強組、どっちですか」

「補強の方ね。でも、あの子は性格がね。ツンデレのデレを抜いた感じ」

眞弓が聞く。早川楓は新入部員であり、部員の中ではテニスの実力もある方だ。
先輩には敬意はあることにはあるが、高飛車でプライドが高い。

「それは単なるツンでしょう。茜崎さんと……一応は赤澤くんの意見も聞いておくべきですね」

「一応はって……」

「僕は彼よりも部活を仕切れますよ。単に赤澤くんが長くいたから部長なだけで」

義王が観月の意見に戸惑っている。観月の立場としてはマネージャーではあるが、部長になれば赤澤よりは仕切れるとは
自負しているのだ。これに関しては他の生徒会メンバーが小声で意見を言い合う。

「……そうは想わないけどね。観月が仕切ったら仕切ったで反感来そう」

「参謀タイプだからね。補強組ひいきして生え抜き組を駄目にしそうな」

「ありえそうですよ!! 生え抜き組も大事なのに」

せつらも石榴も眞弓も同意見のようだ。
歌織は軽く意見に首肯しているし、義王も口には出さないが観月はリーダーに向いていないとしていた。

「その割りに僕がどうして生徒会長になったんでしょうね……」

「――お前が副会長で生徒会長を操るのならば上に上げてしまえと言うことと、もしくは寮生管理委員長になって、
寮で独裁政権を振るおうとするのを止めるためだが」

「村神くん……」

「お前も歌織も寮生管理委員も兼任してしまっているわけではあるがな」

観月にしっかりと意見を言える面子が生徒会メンバーでもある。理由の説明をされ、観月は顔を引きつらせていた。



「私がミクスドの選手?」

「……頑張って」

「お前、女子の新入生で一番テニスが出来るみたいだからよ」

早川楓は放課後になり、礼拝堂に呼びだされた。何故礼拝堂と想いながらも入ると、中には赤澤と聖良が居た。
今年になってミクスド枠が出来たことと選手に楓が選ばれたことを伝えられた。

「生徒会メンバーで決めて、私や赤澤くんも納得したから」

「どうしてミクスドメンバーについて生徒会が決めるんですか!? 顧問の先生は……」

「うちの会長と副会長、テニス部メンバーだしな。先に決めとけって決めたらしい」

「北崎先生はこの件については私達に決めさせた。つまり丸投げ」

聖良は長椅子に座っていて、赤澤は側で立っている。
生徒会はというとミクスドメンバーについて決めてから残った時間で生徒会の案件を纏めてしまい、
残りは各自で片付けることにしたらしい。赤澤と聖良には五時間目前に伝えられた。
女子テニス部には顧問……と言うか監督が居る。北崎真理と言うが真理は決めることは生徒に押しつけた。
だから観月は悩んでいたのだ。

「特殊だけど、貴方も、レギュラーってことにはなるから、勝ちに行くつもりだから、そのつもりで」

「練習メニューは観月が決めてたりしてるからよ。アイツの指示を聞いてくれ。歌織も補佐するっぽいから」

「……レギュラー……」

ルドルフ学院に入ったが、レギュラーの方は既に埋まっていたし、生え抜き組でも補強組でもレギュラーは実力者ばかりだ。
秋の新人戦まで自分の出番はないとは想っていたが、チャンスが転がってきた。

「それと、教育係みたいな風に恵恋と撫子をつけるから」

「三原先輩と森村先輩を?」

明るい生え抜き組の恵恋と落ち着いている補強組の撫子とは楓はさほ会話はしたことがない。
副部長である歌織とは会話はしているが、部長である聖良や男子テニス部の部長である赤澤とも話したのは少ない。

「あの二人と仲良くしてね」

「頑張れよ。話はそれだけだ」

「……頑張ります。でも、何で部室じゃなくて礼拝堂……?」

「私が礼拝堂が好きだから。話は以上。部活に戻っていいよ」

「――失礼します。茜崎部長。赤澤部長」

部長である聖良は透明な雰囲気を持っていて、掴めないところがある。礼拝堂に呼びだされたのも本人が好きだからと
言う理由であるらしい。楓は一礼すると礼拝堂から出た。

「教育係とか言ってもスクールがあるだろう」

「人間関係の問題。私も貴方も、部活は引退しちゃうから、必要なのはこれからの下地」

「そう言うのは何したらいいのか解らないんだよな。俺が出来るのは話聞いたりするぐらいだぜ」

「……それで十二分。貴方は観月くんよりも部長に向いてる」

男子テニス部も女子テニス部も創部して五年であり、下地作りはまだまだ必要だ。顧問も居るが、顧問はテニス部を
好きにさせてくれる。それはつまり、これからどう持って行くかは自分達が決めなければならないと言うことだ。
楓は聖良が引退してから、テニス部の力になるだろうが、部に馴染ませたりしなければならない。
早めに行っておくのだ。
聖良が微笑み、滅多に見られない聖良の微笑みを目にした赤澤は頬を掻いた。

「楓ちゃーん!!」

「三原先輩」

「やあ」

礼拝堂を出た楓を出迎えたのは制服姿の恵恋と撫子だった。元気である恵恋に対して撫子は静かである。

「森村先輩も……」

「今日は合同練習だから迎えに来たんだよ。聖良部長に教育係とか言われたし」

「何を教育すればいいか不明だが……」

「不明なんですか。あの先輩達っていい加減なところがありますよね」

テニスは出来ているし、技術に関してはスクールのコーチが教えてくれる。恵恋や撫子に教わることは何もないと
楓は想っている。

「ミクスドだけど、他の学校はどうしてるのかな」

「青学なら聞いている。お祖母ちゃんが教えてくれたよ。小鷹那美くんと赤月巴くんと言う一年生が候補らしい」

青学は青春学園、都内でも有数のテニスの強豪校だ。撫子のお祖母ちゃんが誰か楓は知らないが、ミクスドの情報を
教えてくれていた。小鷹那美と言う名を聞き、楓は顔を強張らせる。

「小鷹……那美?」

「友達?」

「違います!!」

小鷹那美が楓の知る那美であるならば、友達ではないし、友達と言うよりも憎むべき相手だ。
先輩である恵恋に強く反論してしまったことに気がついて楓は恵恋の表情を見るが、恵恋は驚いたりはしていない。

「知り合いかい?」

「……私のライバルです。ずっと負け続けて……」

撫子の方も落ち着いていたが、那美について聞いていた。楓は那美について話した。
小学校の頃から通っていたテニススクールの同期で過去五回対戦したのだが全て負けた。勝てると想っていた六度目の
勝負ではあるが那美が決勝戦には来ず、楓は不戦勝で優勝してしまった。

「不戦勝で優勝とは、スッキリしないね」

「絶対に勝ってやるんだから……」

楓は唇を噛みしめる。願ってもないチャンスだ。レギュラーになれたことは戸惑っていたが、
これが那美を倒せるチャンスになったのだ。

「ライバルか。どんな子なんだろう。小鷹那美ちゃん」

「近いうちに見に行けるよ。竜崎の家に呼ばれていたからね……見てくる」

「先輩達、速く練習に行きましょう!!」

小声で恵恋と撫子は話す。撫子は青学の様子を見てくると言った。やる気になった楓は先輩二人を促す。

「教育係、やれるだけやろうね。撫子ちゃん」

「……そうだね……」

楓が先に行き、二人は後から着いていく。
尖っている楓と、明るい恵恋と落ち着いている撫子、楓を頂点とした三角は出来たばかりであった。


【Fin】

書きたいことを先に書いてお題は後付けみたいなものだから無理やりが……聖良とか始めてだな出すの。

もどる