髪の長い女
「白朱?藍染隊長とか櫻姫は?」
「惣右介は学校の方に習字を教えに行ってるです。櫻姫は今から髪を切るんです」
市丸ギンが藍染櫻姫に会いに藍染邸に出かけると、出迎えたのは白朱だった。義兄である藍染惣右介が居ないことを白朱から聞く。
藍染邸は瀞霊廷の隅の方にあり、滅多に人が訪れない。それというのも藍染兄妹は護廷十三隊の宿舎を使っているため、
屋敷を持っているだけになっているのだ。ギンも似たようなものである。
ギンの場合は隊舎に住処があり、いつでも引き払えるようになっていた。土産の干し柿を白朱に渡す。
干し柿はギンの手作りだ。
「櫻姫は床屋で髪の毛、切らんな」
「節約らしいですよ。お茶を出すので待っていて欲しいです。二人は縁側ですよ」
白朱に言われてギンは草履を脱いで上がる。
藍染邸の間取りは覚えている。縁側の方に行くと椅子が置かれていて、そこに櫻姫が座り、後ろには碧蒼が居た。
髪の毛を切るための鋏を碧蒼が持っている。庭はいくつかの樹があるが殺風景と言えば殺風景だ。
「ギン。いらっしゃい」
櫻姫がギンを見て微笑を浮かべる。身体をすっぽりと覆う白いカバーで櫻姫は自分の髪の毛がかからないようにしていた。
「今から櫻姫の髪の毛を切るところだったんだ」
「碧が切るんか」
「切るのは僕か白朱だね。僕達の場合は髪を切るとかは必要ないんだけど」
ギンは碧蒼のことを碧と呼んでいる。
白朱と碧蒼は死神ではない。一番近い表現をするならば死神が武器として使っている斬魄刀の核……化身が現世に現れた者、と
言うべきだろうか。白朱も碧蒼も斬魄刀ではなく、櫻姫が所持することになってしまった斬魄扇の化身だ。
元人間……王族ではあったらしいがギンも詳しいことを知らない。
白朱も碧蒼も姿を現世に出しているだけであり、髪の毛は伸びることはない。
二人が言うにはこの状態で取り込まれてしまったから何をしても髪の毛は伸びないと言う事だ。
「……そろそろギンも髪の毛を切ったら?伸びてきたよ」
「切ってくれるんなら切って貰いたいな」
「頑張ってみる」
死神で、一度死んだことがあるギンや櫻姫だが、死神となってしまってからは何故かお腹はすくし、髪の毛だって伸びてしまう。
傷が治るなら髪の毛が伸びるのも同じようなものではあるが……細胞が動いていると言う事なのだろうが……その辺りは謎だ。
考えては行けない事というのがあるのだろう。
碧蒼が金属製の霧吹きで櫻姫の髪の毛を濡らし、髪の毛に丁寧に鋏を入れていく。
櫻姫の髪の毛は太ももの辺りまで伸びてきていた。死神の寿命は長いので髪の毛だってそれぐらい伸びる。
「肩の辺りまで切ってよ」
「それぐらいで良いの?短くない?」
「たまには、それぐらいにしてみたい」
櫻姫が髪の毛を切るとき、背中の真ん中辺りで止めていることを知っているが、今回は肩が隠れるぐらいまで切るらしい。
言われて碧蒼はまず、髪の毛を大雑把に背中の真ん中辺りまで切り落とした。いつもならばもう少し短く切ってから
整えていくのだが、リクエストに応えているのだろう。
ギンが碧蒼が櫻姫の髪の毛を切っているところを眺めていると白朱がお茶の道具と和菓子を持ってきていた。
「今回はいっぱい切るですね」
「乱菊が櫻姫もたまには髪型を変えた方がいいんじゃないと言っていたから……纏めたりするのは今度出来るし」
「……乱菊も髪型変わっとらんのやけどな」
松本乱菊は櫻姫の友人でありギンの幼なじみだ。
始めて乱菊と逢ってから今まで、彼女は髪型が変わっていない。ウェーブのかかった濃い橙色系の髪の毛でいる。
「私はおしゃれとか鈍いから……最低限しか気にしないし」
「気にせんでも櫻姫は美人やからええの」
「どうぞ。櫻姫と碧蒼は後で食べてくださいね。手作りの栗羊羹ですよ」
櫻姫は化粧何てしていなくても美人だとギンは想う。
側で白朱が羊羹を和式ナイフで切り分けて、ギンに差し出していた。小
皿には楊枝も置いてあったが、ギンはそのまま手で摘んで食べる。
白朱の料理はどれを食べても美味しいが羊羹も絶品だった。餡を丁寧にこしてあり、甘さもほどよい。
「美味いなぁ。コレなら丸ごと一本、食べられるわ」
「褒められるのは嬉しいです」
ギンに言われて白朱は機嫌を良くしながら、緑茶を入れだした。
「ご飯、食べて行く?義兄さんは霊術院に拘束されるだろうから」
「食べてく」
動かないようにしながら櫻姫がギンに聴いた。料理は藍染家では殆ど白朱が作る。理由は一つ、美味しいからだ。
碧蒼や櫻姫も料理が出来ないわけではないが、美味しいものが食べたいというのがある。藍染も白朱の料理の腕前は認めていた。
切り落とされた黒髪が地面に落ちていく。艶やかで闇を濃縮したような髪だ。
カツラとかを作るのに櫻姫の髪は適していそうではある。髪染め液など一度も櫻姫は使っていないのでずっと黒いままだ。
「前髪もあとで切るね。量も減らしてみようか」
「任せるね」
背中の真ん中ぐらいまで碧蒼は鋏で髪の毛を切った。ここから肩に掛かる程度まで髪の毛を切る。櫻姫の髪の毛の量は多いので
見た目が重い。イメージを変えるならと碧蒼は髪の毛を薄くしてみることにした。
鋏を広げると櫻姫の髪の毛を一部取り梳くように削る。
「風で髪の毛とか飛んでいきそうやな」
「結界がはってあるから飛ばないですよー」
(気付かんかった……ってか結界をこんなのに使うんか)
笑顔で言うのは白朱だ。外で髪の毛を切っていて、髪の毛の掃除が後で大変そうではあるが、白朱は先に結界を張っていた。
白朱はギンの鬼道の師匠である。腕前はよく知っているが、髪の毛を切るだけで結界を発動させて、気付かれないで居る。
結界の腕を褒めるべきか、こんなことに使うなと言うべきかギンは考えてどちらにも触れないことにした。
碧蒼が手際よく櫻姫の髪を軽くしていく。
「長年、切ってないだけで量が多いですね」
「終わったら印象が変わるやろうな」
ギンと櫻姫が始めて逢ったときも櫻姫の髪の毛は背中を覆っていた。それが短くなると見たことのない櫻姫になりそうだ。
隣に居る白朱と一緒に緑茶をすする。緑茶も美味しい。
碧蒼は喋らないで居たし、櫻姫も無言だ。髪の毛を切り終わるまで二人は無言だ。
「出来たよ」
数十分後、櫻姫の髪の毛はかなり短くなっていた。ここまで髪の毛が短い櫻姫をギン達は見たことがない。
白朱が両手を鳴らすと切ってしまった髪の毛が風で一カ所に集まる。
「碧蒼……次は、ギンの髪の毛を切ってあげて」
指を振り、風を使い白朱は櫻姫に着いている髪の毛を落とす。
入れ違いに櫻姫は白いカバーを取ってから縁側の方へ行く。ギンは緑茶を全て飲み干した。
「この髪型も似合っとるよ。櫻姫」
「ありがと。たまには……ね」
死神が存在する時間は長い。
たまには気分転換をしなければならない。ギンは椅子に座る。碧蒼がカバーをかけた。
「髪型、変える?」
「このままでええわ」
ギンは髪型を変える気はなかったのでこのままにしておく。櫻姫は白朱が入れたお茶を飲んでいる。
「……お茶、美味しいや。髪の毛邪魔じゃないし」
「動きやすくなって良かったです」
霧吹きで髪を濡らし、碧蒼が髪の毛を切っていく。
何事もなく、今日は過ぎていこうとしていた。
─────────藍染が帰ってきたときに髪の毛をばっさり切った櫻姫を見て取り乱したりしたことは、あったけれども。
【Fin】
長くねーじゃんってつっこみはなしのほうこうで。ほのぼのを書いているのが一番楽だったりします
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