042 メモリーカード

       
聖ルドルフ学院中等部には寮が用意されている。
主にスポーツ部の……テニス部や野球部が……利用しているが希望が通れば他の部でも寮を使えた。

「裕太くん、いらっしゃい」

「三原。お前も来てたのか?」

「うん。実況の邪魔はしないから」

ライトアプリコット色の髪をツーテールにした少女、三原恵恋が不二裕太を出迎えた。恵恋も裕太もテニス部所属であり、
同学年でもあるためよく会話をしていた。裕太は女子寮へと遊びに来ていた。
玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。
恵恋は寮生ではないのだが、遊びに来ていたようだ。今は夜だ。女子寮に男子が遊びに来ると噂になりそうなものだが、
寮生達は裕太のことや、これから裕太が会おうとしている少女の関係を知っているためか特に突っ込んだことは言わない。
寮の管理人も女テニの顧問であり、遊びに来た裕太の事情を知っている。ちなみに今日は用事で居ない。

「俺だ。入るぞ」

目当ての部屋に行き、何度かドアをノックしてから入る。
部屋は基本、二人部屋だ。人によっては一人部屋を使っていたりする。中は整っていて、勉強机が二つと二段ベッドがある。
中央には薄型のテレビが置かれていた。

「こんばんは。裕太さん」

「今、準備してるから」

「緋咲、大瀧先輩……森村は?」

ノートパソコンにゲーム機の配線を繋いで準備をしているのは三年の大瀧歌織だ。大瀧の作業の様子を側で見ていたのは
寮の部屋の主の一人である緋咲螢だ。螢は手伝っていないが、歌織ならば一人で配線が接続出来るし、螢は機械の扱いが苦手だ。

「真鶴のところ。福祉活動で老人ホームに持って行くパッチワークの話し合い」

「七萩先輩と真鶴先輩で柄は決めて、撫子さんに見て貰って居るみたいです」

真鶴は千歳真鶴、今年の四月にルドルフにやってきた三年生でテニス部員だ。聖ルドルフは全国から優秀な生徒を集めていた。
スカウトでやってきた補強組と元から居た生え抜き組に別れている。真鶴や撫子や裕太は補強組であり、歌織や螢、恵恋は
生え抜き組だ。
七萩は七萩せつら、聖ルドルフ学院生徒会の書記の一人であり、手芸が得意だ。

「お待たせ」

「話し合いは終わったのか? 森村」

「終わった。早めに作っておかないと後で困るみたいだから明日から少しずつやり始めるけど」

「唐突に何か持って来るから困るのよね……福祉の教師……配線は繋ぎ終わったわ」

福祉の授業は選択式であるが、担任が思い付きで老人ホームや幼稚園にプレゼントを持って行こうと言い出すので、
準備が大変だと裕太は聞いたことがある。生徒会もたまに被害を受けると聞いた。
歌織が配線を繋ぎ終わる。

「今日は何処まで進めるかな……やれるだけやってみるけど」

「気楽にいけよ。元々はお前の日本語の訓練なんだからな。ゲーム実況って」

用意されたマイクとヘッドフォンを裕太と撫子はつけた。
これからやろうとしているのはゲーム実況である。ゲーム実況とは動画投稿サイトでアップロードされている
プレイヤーが喋りながらゲームをするというものだ。プレイヤーは撫子であり、裕太はツッコミ役である。
撫子はイギリスからの帰国子女であり、外国での暮らしの方が長く、日本語は使えるが、苦手であった。
日常会話は出来るが漢字は得意ではなく、現代文が苦手な裕太よりも現代文を苦手としていた。
日本でこれから暮らすのだから、日本語の練習をしたいと言った撫子に歌織が提案したのがゲーム実況であった。

「……メモリーカード、ささってないや」

「これですか?」

「それ。ありがとう。螢」

「ゲーム機も様々な種類がありますね」

コントローラーを引き寄せた撫子だが、ゲーム機にメモリーカードがないことに気がつく。螢が青色のカードを出した。
撫子が螢から受け取ると、差し込み口に差す。螢は殆どゲームをしないのでゲーム機が珍しいようだ。

「メモカがいらないのもあるし、そっちはそっちで不安だけどね」

「これがないとゲームが出来ないんですよね?」

「無くても出来ることには出来るが……この中にデーターが入ってるんだよ」

螢の家は神奈川県の旧家で、ゲームとは無縁の生活を送ってきた。裕太が螢に説明する。
これから使おうとしているハードはプレイステーション2だ。メジャーなゲーム機である。ゲームのセーブデーターが入った
メモリーカードがなければゲームをしてもデーターが保存出来ない。
部屋が狭いので恵恋と螢は二段ベッドの方に移動していた。歌織は後ろの方にいる。

「螢ちゃん、今度wiiしてみようよ。家の持って来るから」

「はい」

wiiは家庭用ゲーム機の中ではパーティゲームに特化している。画質はそんなに良くないが、皆で楽しめるゲームが
揃っていた。恵恋の言葉に螢が微笑み、髪の毛に着いている鈴が鳴る。

「準備は完了よ」

「出来たってさ」

恵恋と螢は黙る。
これからやろうとしているのはアクションゲームだ。ゲームの電源が入っていて、歌織が喋っても良い、と合図を出す。

「皆様こんにちは。美郁です。今回も――」



ゲームの実況は一時間ほどで終わった。
区切りの良いところまで進めては止めてを繰り返している。休日になればまとめてやることもあるが、
明日は学校がある。
美郁というのは撫子の実況プレイヤー名だ。元ネタは恵恋が読んでいたライトノベルの主人公である。
裕太も読んでみたが妙なところで終わっていた。実況プレイヤー名がいると言うことで、撫子が名乗ったのだ。
なお、裕太の実況プレイヤー名もその小説から取られていて、ミカくんと撫子は実況中は裕太のことを
呼んでいた。

「お前、アクションゲームが上手いよな」

「感覚的にやってるんだけどね……」

やっていたアクションゲームはぶっ飛んだ戦国ゲームであるが撫子は銃使いのキャラクターを使い、ステージを越していた。
手際よく銃を変えて、コンボを繋げて、想ったことを口にしている。

「コメントでも言われるわね」

動画の編集は歌織が全部やってくれていた。歌織はパソコンやインターネットに強い。
パソコンで作詞作曲もしていて、新曲を裕太に聴かせてくれることもあった。撫子も裕太も自分達がやっている実況動画の
人気を気にしていない。撫子にしてみれば日本語の練習であり、裕太にしてみれば撫子の手伝いだ。
歌織が言うには批判的なコメントは少なく、好意的なコメントが多いと言う。
撫子がやったゲームはホラーゲームや外国のゲーム、無料のノベルゲームなど様々だ。外国のゲームだと撫子は
外国の豆知識や英語を翻訳してくれる。

「先にパソコンを運んでおくわ。アップは今日の夜ぐらいには出来るはず」

「部屋の片付け。手伝います」

歌織がパソコンを持ち、部屋を出る。
螢がゲーム機を片付けるのを手伝ってくれた。プレイステーション2は薄くなったが昔のプレイステーション2が
分厚かったことを裕太は思い出す。

「実況が終わったから裕太くんは帰るんだよね」

「終わったからな」

「私も帰ろうかな? 寮に泊まってばかりも駄目だろうし」

「送ってくよ。三原」

恵恋の家は寮から徒歩六分ほどだ。片付けはすぐに終わった。

「今日もありがとう。明日、また学校でね」

「お疲れ様でした。裕太さん」

「森村、緋咲。またな」

「二人ともまた明日ねー!!」

二人に別れを言うと裕太と恵恋は部屋を出て、寮を出た。
慣れている道とは言え、油断はならない。最近は物騒だと言われているし、夜も遅い。

「……女テニは順調な方か?」

「順調だよ。そっちは観月先輩や赤澤部長が頑張ってるよね」

今年のテニス部は男子よりも女子の方が好成績を残していた。女子は全国にまで出ている。
観月はじめはテニス部のマネージャー兼選手で、赤澤吉朗はテニス部の部長だ。

「赤澤部長はテニス部をよく纏めてるってか……派閥とか軋轢とか考えないと駄目だろ」

「野球部がそれで悩んでたこともあったよね。ルドルフ、トラブルもたまにあるから」

スカウトと元からが混じっていると派閥に別れて争うこともある。テニス部は男子も女子も軋轢を無くしているため、
そんなことはないが野球部では派閥争いで騒動があった。生徒会が介入していたが。

「俺はルドルフが好きだけどな」

「……手首のこととか、あっても?」

「みんなに逢えて感謝してる……森村が手間かからなきゃ良いんだが」

「撫子ちゃん、方向音痴すぎるものね」

裕太は元は青春学園に通っていたが、兄であり、同じくテニスをしていた不二周助と比べられ続け、ルドルフに来た経緯がある。
手首のことと言うのは裕太が観月に教わった技が手首を痛めてしまうものだったのにそれを知らされずに使っていたことだ。
観月は後で不二に叩きのめされたが周囲は自業自得と言っていた。
ルドルフは裕太にとっては居心地の良い空間だ。
ただ、あえて言うならば撫子のことだ。彼女は方向音痴であり、裕太が保護者……面倒を見ろと押しつけられていた。
去年の二学期など対して広くもない敷地内で迷っていた。
裕太にとって撫子は手間のかかる妹のようなものである。発言が斜め上に行ってしまったり、ずれていたりしているからだ。
歩いている家に恵恋の家の前に着き、恵恋と別れる。
裕太は男子寮へと戻った。門限が少しオーバーしたが、あらかじめ連絡が入っていたのか咎めもなしに帰ってこられた。

「おかえりだーね。裕太」

「ただいま帰りました」

寮母的存在である柳沢慎也に迎えられた。

「クスクス……これから柳沢の部屋でゲームするから……お前もやらない?」

「やります」

裕太を誘ってきたのは木更津淳だ。赤いハチマキが特徴的である。先ほどはゲームを見ているだけだったが今度はやるつもりだ。
木更津が手にメモリーカードを持っている。

「裕太のゲームの腕前見せて貰うだーね」

「シューティングなら得意ですよ」

明日の学校に影響がないように、テニス部に影響がないように気をつけながら、裕太達はゲームを始めることにした。
しかし、数時間後、熱中しすぎて観月に怒られてしまったと言う。


【Fin】

二年生組(金田は居ないが)の話。撫子は日本語は話せますが苦手。後ゲームの腕前はアクションは得意です

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