076 影法師
「ムウマを泥団子でゲットする方法を教えてください」
「泥団子……?」
エンジュジム、ジムリーダーマツバはアディシアに聴かれた。エンジュシティでのホウオウの一件が終わり、
マツバも気持ちの整理が着けられてきた頃、ホウオウの一件に関わっていたアディシアがマツバを訪ねてきたのだ。
エンジュジムの前でマツバとアディシアは話している。
「サファリゾーンでどうしても捕まらなくて……マツバさん、どうやってゲットしたのかなって」
マツバのエキスパートタイプはゴーストであり、ゴーストタイプならば非常に詳しい。そのため、アディシアはマツバに
聞きに来たのだ。アディシアはよなきポケモン、ムウマをパーティに入れたがっていた。
タンバシティにあるサファリゾーンに出るので得ようとしているのだが、サファリゾーンではポケモンは使えずに
餌と泥団子でポケモンを得なければいけない。彼女が泥団子を投げるとムウマが逃げていくのだ。
原因が泥団子が当たれば石のようにダメージが来るためではあるが。
「欲しいんだ。ムウマ……ジョウトリーグのためかい?」
「そう言うこと。チャンピオンを奪うつもりで居るから」
彼女は笑顔で言う。
ジョウトリーグはジョウト地方にある八つのジムを制覇することで出場権が得られる大会だ。そろそろ開催される。
アディシアはカントーのチャンピオンでもあるが、ジョウトリーグに挑戦するつもりのようだ。
曰く、半分だけのチャンピオンであり、あの勝負はもう片方の勝利だったのに……と言うのがあるらしい。
「ゴールドくんやサマエルくんとは別行動みたいだね」
「あの二人ならライコウとエンテイを得るためにジョウト中走り回ってるよ?ゴールドが伝説のポケモンを見せたい相手が
居るとかで……ジョウトリーグに出すかは知らないけど」
「君は手伝わないのかな」
「……問題児は二人もいらないって……」
ゴールドとサマエルはアディシアと共に旅をしている二人だ。サマエルはでないがゴールドもジョウトリーグに出る予定であるため
二人はライバルになる。修行の一環としてゴールドはサマエルとジョウト地方の伝説ポケモンであるかざんポケモン、エンテイと
いかずちポケモン、ライコウだ。ジョウト地方にはもう一体、オーロラポケモン、スイクンが居る。
エンテイとライコウなのはポケモン図鑑の追尾機能でで追えるからだ。問題児はいらないと言ったのはサマエルだろう。
アディシア、ゴールド、サマエルと三人で行動をしている時に補佐をしているのは彼だ。
「ムウマだけど、ぼくはサファリゾーンで得た訳じゃないから」
「そうなの?何処で得たの?」
「……断崖の……」
『ゲンガー!』
遠い目をしているアディシアにマツバは話題を変えるように自分がムウマを得た方法について教える。マツバもムウマは持っているが、
ジム戦の時には出していない。ガスじょうポケモン、ゴーストの方が使いやすいからだ。
マツバが場所を言いかけた時にゲンガーの鳴き声がして、水音が聞こえた。見ると、アディシアがびしょ濡れになっている
空中ではマツバのポケモンであるシャドーポケモン、ゲンガーが空っぽのバケツを持って笑っていた。
「やるな……少しだけ動きを止めて水をかけるなんて」
「……ゲンガー!アディシアに何をするんだ。駄目だろう!!」
「避けられなかったあたしが悪いから……」
『ゲンガー』
一瞬だけゲンガーは力を使いアディシアの動きを止めてからバケツの水をかけた。ジャケットや髪の毛や肌が濡れている。
ゲンガーは飛び立って行ってしまった。ゲンガーはボールに入れないで自由にさせているのだがそれが仇になった。
「風邪を引くから着替えて……」
「場所を貸して貰ったら着替えるんで……」
「……場所、場所だね」
アディシアは一度くしゃみをした。このままだと風邪を引いてしまうと、マツバは焦った様子で彼女の手を引いて
着替えられる場所へとアディシアを導いた。
エンジュジム内のマツバが使っている部屋に行くと、身体を拭くための白いバスタオルを渡す。
「ダイレクトにかけて……着替えでこの部屋、使っても良い?」
「着替えだね……良いよ……ぼくは部屋を出るから……」
マツバが使っている部屋は物が殆ど無く、殺風景だ。ここは仮眠をしたりする時に使うぐらいであり彼の住居は別にある。
アディシアの手は冷え切っていた。アディシアを部屋に残したままでマツバは部屋を出るとドアを閉めた。
着替えはアディシアが持っているために渡さなくてすんだ。温かいお茶でも彼女に出そうかとマツバは部屋を
離れようとする。
「ゲンガー!あたしの服を持って行かないで!それは駄目!!」
「アディシアに何をしているんだ。ゲンガー!!」
部屋から叫び声が聞こえたのでマツバがドアを開けるとバスタオルを巻いて下着姿のアディシアがゲンガーから
服を奪おうとしていた。部屋にはどこからか取り出した大きなトランクが床に置かれている。
ゲンガーがアディシアのバスタオルを奪っていた。
「……まつばさん……」
マツバの前には下着姿のアディシアとからかって笑っているゲンガーが居る。マツバが出来たことは
ゲンガーをモンスターボールに入れることだけだった。
「み、見るつもりはなかったんだ……」
「……忘れてください。あたし、スタイルが……胸ぺたんこだし……」
「胸はあったかな……少なくともミカンより……」
アディシアは服は脱いだものをポケモンセンターまで持って行き、コインランドリーを借りて洗濯を頼んでおいた。
着ているのは和風ゴシックロリータだ。マツバは湯飲みに緑茶を入れるとアディシアに渡す。
ぎくしゃくしていた。
ミカンのことをマツバは話題に出したがこれをミカンが聴いていたらどうなるかは解らないと言ったことを自分で忘れることにした。
和風ゴシックロリータをアディシアが着たのはエンジュシティが和風の都市だったかららしい。
白と黒の和風ゴシックロリータでメイドのようにも見えるが丈などが調整されていた。
「ムウマだけど……ぼくのムウマをあげるよ。お詫びもあるから」
「マツバさんのムウマ?」
「『断崖の絶壁』に夜になるとムウマが居るんだけどね」
「居たんだ。サファリゾーンに行きたくて急いで通り抜けたし気付かなかった」
お茶菓子に煎餅も出して置く。アディシアは緑茶を飲み、煎餅を食べていた。
ムウマはエンジュシティからアサギシティに行き、さらにそこから海を渡ったところにあるタンバシティにある
『断崖の絶壁』に夜になると出没した。アディシアが知らなかったのはサファリゾーン目当てに昼に一気に通り抜けたからだ。
サファリゾーンを楽しんでからは『そらをとぶ』で本土に帰還した。
「ジムで使おうとしたんだけど、何体かムウマは居るから」
「ゴーストタイプのエキスパートはゴーストとかばっかり使うよね。ポケモンの方」
「種類が少ないしね……取ってくるよ。手持ちの空きは?」
「五体だよ。オータはサマエルに貸してるから」
オータはどうながポケモン、オオタチだ。秘伝技をいくつも覚えているため進む時に役に立つ。
マツバはムウマの入ったモンスターボールをアディシアに渡した。
「雌のムウマだよ」
「名前は……ビオラ……シオン……シオンにする。ありがと。マツバさん」
アディシアはポケモンを手に入れたら殆どの場合は名前をつける。ムウマにはシオンと名付けられた。漢字にすると紫苑だ。
ボールから出すとシオンはムウマ、と鳴いて飛び回る。
「君はこれからどうするのかな」
「ゴールド達が今日中にライコウかエンテイを捕獲出来ればいいけど……ムウマも貰えたし、パーティを考えるか」
ムウマがアディシアの胸に飛び込んできたのでアディシアはムウマを抱きしめて頭を撫でていた。
「君が良かったらスズねのこみちに行かない……?」
「行きましょう。あそこ、好きだし。その前にコレを食べて飲んでから」
煎餅を緑茶で流し込んだアディシアとマツバはエンジュジムを出て、スズねのこみちへと行く。
モンスターボールからシオンをアディシアは出しっぱなしだった。速く馴染んで貰うために出しっぱなしにしていた。
スズねのこみちに通じる門へと行き、エンジュバッジをアディシアは見せる。マツバは顔パスだ。
「ここの紅葉が好きなんだ」
「あたしも、……葉っぱが綺麗なんだよ」
一年中紅葉しているスズねのこみちを通ったところにスズの塔がある。スズの塔はホウオウを呼び戻すために作られた塔と
マツバは聞かされていたが、実はそうではなく、スズの塔は最初からホウオウが休むために造られた塔だった。
にじいろポケモン、ホウオウはマツバがずっと逢いたがっていたポケモンだった。
「……君には何度も言うけれど、感謝している」
マツバは言う。
ホウオウに逢いたくて誰よりも修行を積んでいたのに現れたゴールドやアディシアがホウオウに会う資格があると言われて、
絶望したし、アディシアに酷いことをしたのに、彼女の首を絞めたというのに彼女は、マツバと向き合った。
あの後でエンジュシティのホウオウの伝説がねじ曲げられていたことを知ったし、ホウオウの力がロケット団によって
暴走しかけていた時に立ち向かったりもした。
「感謝するようなことはしてないし……首を絞められた時はちょっと不味かったけど」
「ごめん……謝って済まないね」
「マツバさんじゃなくてあたしが……貴方をこ……ホウオウに会いたかったのは解るけどね。みんな」
何か不審なことを言いかけたアディシアだが首を横に振る。
舞妓さんもお坊さんも、本当にあったことを都合良く脚色していたところはあった。その時のことを想い出して苦笑をしている
アディシアだったがマツバはその表情が慣れているように見えたのだ。
人間がやってしまう当たり前のことと対峙して、納得してしまっているかのような。
マツバが心に持っていた暗さとは違う、それ以上の暗さを彼女は抱えているのかも知れないとマツバは感じることがある。
『ムウマ』
「……おひさま、眩しい?シオン……塔の上、上ってみる?」
「上るのならぼくも付き合うよ」
ホウオウはゴールドが捕獲した。一筋縄ではいかない捕獲だったが、ゴールドはホウオウをウツギ博士がデーターを
取ってしまってからボールを砕いて逃がしてしまった。ホウオウには自由が似合う、と言うことらしい。
彼女もカントー時代に使っていた強いポケモンをあの時に出していたし、切り札も切っていたがジョウトリーグでは使うことは
ないようだ。カントーはカントー、ジョウトはジョウトで分けているらしい。
「影だ……」
アディシアが視線を落として伸びている影を見やる。
伸びている影が気になったようで、シオンの影を指さしている。ゴーストも影って出来るんだね、なんて話していた。
「すぐに仲良くなってる」
『ゲンガー』
「……ゲンガー?」
マツバが微笑むとゲンガーの鳴き声がしてマツバは慌てて自分が巻いているボールベルトを確認する。
ゲンガーのボールが開いた。と同時にマツバに何かがぶつかり、倒れ込みそうになるがマツバは踏みとどまる。
「マツバさん……?」
「え?」
「……ゲンガーに押されて……」
『ゲンガー』
咄嗟にだったのでぶつかった物を抱きしめてしまったがそれが、アディシアだった。
シオンと遊んでいたアディシだったが油断をしてゲンガーに押されてマツバに飛び込んだ形となったのだ。
ゲンガーは笑い続けている。シオンは不思議そうに空中を飛び回っていた。
(まさか、ゲンガーは……)
確かにゲンガーは悪戯っ子ではあるが、いつも以上に今日は酷い。マツバはあることが当てはまった。
マツバは以前にアディシアのことが気になると言ったことがあるのだ。それをゲンガーが聴いていてゲンガーなりに
二人の距離を近づけようとしていたのだろう。ゲンガーはシオンとスズの塔の方に飛んで行く。
強い風が吹き、紅葉が飛ぶ。
「今度から封印は解除しておくので……シオンとゲンガーを追わないと」
「……さ、寒いから……風邪を引くと君も危ないから……暖まった方が……」
お互いにまたぎくしゃくした状態になってしまって、マツバは言い分のような取り繕った言葉を言う。
彼女の顔を見る余裕がない。自分の顔が赤いことをマツバは承知していた。
抱きしめる腕に力を込める。
影法師はくっついたままで、離れていない。
【Fin】
ジョウトリーグ前ぐらいの話。ゲンガーがはしゃぎすぎ
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