雨垂れ
ホグワーツ魔法魔術学園の教師になると、ホグワーツに住み込むことになり、家に帰るのは夏休みの時ぐらいしかない。
夏休みは二ヶ月だ。セブルス・スネイプは夏休みの間、何をしているかと言えば新しい魔法薬の実験や読書である。
実家はスピナーズ・エンドにあるが、あそこには心情的に帰りたくないため、教員となってからは、
友人が無料同然の値段で貸してくれた家に住んでいる。家賃の代わりに頼まれたのは彼の家族同然の少女が作れないような
魔法薬を作れば良いとか、用事の手を貸して欲しいと言うものだった。
あの友人は魔法薬に関しては壊滅的に駄目である。スネイプとしても友人が魔法薬を作るならば、
猿にでも作らせた方がマシだと想っている。
新しい魔法薬の実験をしている途中で、スネイプは手を止めて耳を澄ませた。
外は、雨が降っている。
雨量は多めであり、ひっきりなしに雨の音が続いていた。イギリスという国は雨量があるが、遠い日本とは違い、
湿度は低いため濡れている状態でも、中に入って待っていれば少しの時間で乾いてしまう。
大鍋の中の魔法薬の色を眺めていると、ドアがノックされた。
「セブルス? 入っても良いかしら?」
「入れ」
ドアが開く。
入ってきたのは黒髪のセミロングの少女だった。前髪を上げていて、瞳の色はサニーオレンジである。
黒いローブの上に茶色いチェックのエプロンを着けていた。
「家事は終わったわ。掃除と洗濯、食料はまだあるから買い出しは明日にしたし」
少女は手に杖を持っている。魔法使いや魔女や魔法が使える年齢ならば、呪文さえ分かれば掃除や洗濯を魔法で
終わらせてしまえる。
「……お前は十八歳のスピカ・ヴァルキリアだったな」
「呪文自体は覚えてるの。別にマグル式でも掃除も洗濯も料理も出来るわ……ここ、電気無いけど」
彼女の名は、スピカ・ヴァルキリアという。
スネイプが十八歳の、とつけたのはホグワーツに通っていた頃のスネイプはスピカに世話になったことがあるからだ。
魔法薬学の助教授であり、他の授業も手伝っていた。
若返ったわけではなく、彼女のは記憶である。十八歳の頃のスピカの記憶だ。本人は数年前に死んでいる。
記憶が記憶石に封印された状態で魔力を注ぎ込まれることで実体を持ち、動いていた。
この家には電気が通っていない。マグル……魔法力がない人間……は住みづらすぎるが魔法使いならば
魔法があれば生活が出来る。
スネイプが何度か確認してしまうのは慣れないところがあるからだ。
「セレナと奴は何をしている?」
「二階で勉強よ。アイツは教えるのは上手いし。家事は下手だけど……心配しなくても、アイツも私も、セレナを守ることで
利害が一致したわ」
セレナはセレナ・ヴァルキリア、スネイプの同級生だったカタリナ・ヴァルキリアの娘であり、スピカの孫に当たる。
魔法界の名家であるヴァルキリア家の最後の魔女だ。スピカを亡くしたセレナはスネイプに身元を引き受けられている。
夏休みが始まり、一度ヴァルキリア家に帰ったとき、セレナがペンダントを見つけた。
透明な石がはまったペンダントを二つ、それが記憶石のペンダントであり、中にはスピカの記憶と……もう一つ別の者の
記憶が入っていて、それで一騒動が起きて、スネイプはホグワーツ校長であるアルバス・ダンブルドアに相談に行ったのだ。
ダンブルドアは二人と話して……スネイプやセレナはその間は外に出されていた……話を聞き終わった二人はセレナを守ると
言うことで協力することにしたらしい。
「何を見せられたのだ。お前はまだ分かる。孫を、身内を守るためだろうが、アイツがセレナを守るメリットがない。
無いと言うよりも……」
「……昔のことを、見せられたのよ……薬、出来たの?」
嫌そうにスピカが言った。解答を拒絶しているようだったのでスネイプは聞かないことにしておいた。
真実薬も記憶には効きそうにはないからだ。スピカが鍋の中身を問う。
「完成したことには完成した。──疲労回復薬だ」
「臭いが微妙ね……」
吸い込むと目が覚めるような刺激臭が部屋には充満している。液体状のままでもいいが、固形化も試そうとはしていた。
家は狭いが二人が生活するには十分な広さがある。二階の一部屋をセレナは借りていた。
『闇の魔術に対する防衛術』の本をセレナは広げている。今年の教科書のリストはまだ来ていないが、
勉強出来ることはしておきたかったのだ。二年生の『闇の魔術に対する防衛術』はろくに勉強が出来ていなかった。
「のろいとまじないは似たようなもので効用が違うだけさ。闇の魔術ってのはヒトに悪影響を与える呪文ばかりだよ」
椅子に座っているセレナの隣で彼女に話しかけたのは背の高い黒髪の、赤い瞳をしている青年だった。
「……悪魔召喚とか?」
闇の魔術と聞いて浮かんだセレナの解答に青年は苦笑いをする。
「あの女はどうやって君を育てたんだい……黒き森の魔女ならやってるかもしれないが……」
魔女であるセレナだが、祖母を亡くし、スネイプが会いに来るまでそのことを一切知らなかった。マグルとして
育てられたのだ。ヴァルキリア家はマグルのような家……電気や水道やガスが通っている家……で暮らしていた。
後で知るがはセレナがずっと暮らしていた家は家の一区画で本来のヴァルキリア家の屋敷は非常に大きなものであったが。
「黒き森って?」
「ドイツにある森だよ……二年生の授業はどんな授業だったんだい?」
「……先生の自慢話聞かされたり、先生の自慢話聞かされたり、讃辞を書かされたり……」
ギルデロイ・ロックハート先生のことを思い浮かべてセレナは大嫌いなモノを見るかのような表情を見せた。
「僕達の時はメリィソート先生が教えてくれたんだが……あの人が辞めてね。僕がダンブルドアに跡を継ぎたいと言ったら
断られたよ」
「それは、ダンブルドア先生は断ると想うんだけど……リドル……」
メリィソートという名字が出されるがガラテア・メリィソートは五十年以上前にホグワーツで『闇の魔術に対する防衛術』を
教えていたのだが、引退した。その後を継ごうとしていたのがリドル……トム・マールヴォロ・リドルだった。
リドルもスピカのような記憶の存在である。セレナはリドルの言葉に困った表情を見せていた。
「ヴォルデモート卿には継がせたくなかったって、ことだよ」
リドルは自嘲する。ヴォルデモート卿は魔法界では畏れられている名前だ。
最強最悪の悪の魔法使いであり、討ち取られるまでは悪名はイギリス魔法界中に届いていた。リドルは将来のヴォルデモートである。
「……先生が言っていたけど、防衛術の先生は一年持たないって……」
セレナは言いながらリドルの顔を見つめる。
「持たないみたいだね」
リドルが笑っていたのでセレナは聞くことを止め、宿題がどれだけ出来たのか確認する。出された宿題の六割は
片付けた。毎日少しずつするのがセレナの習慣だ。
「残り四割。終わったらハーマイオニーに手紙を出して……」
「魔法史と変身術ぐらいならすぐに終わる……三年生になったら選択科目があるからそれも選ばないといけないよ」
ヴァルキリア家で見つけたペンダントから出てきたリドルは、将来のヴォルデモートであることを知って驚いたのだが、
それよりも祖母が同級生であったことを驚いた。祖母と、祖母の双子の姉と、祖母の夫とリドルは親しかったらしい。
リドルはセレナに協力的である。セレナは宿題の続きをやるべきか、選択科目を決めるべきか悩んだ。
「セレナ、リドル、降りてきて!! お茶にしましょう」
下からスピカの声がした。セレナは選択科目の紙を手に取る。
「先生に聞いてみよう……どんな先生が教えるか」
「……先生で決めるのか」
セレナが部屋を出て、リドルが後に続く。階段を下りていくとリビングでスピカがお茶を入れていた。
スネイプが椅子に座っている。少し離れたところでは黒猫の『エリファス』と白猫の『レヴィ』が餌を食べていた。
「宿題は終わったのか……?」
降りてきたセレナとリドルを一瞥し、スネイプが言う。スネイプはリドルに不信感を持っている。
それもそうだろう。将来のヴォルデモート卿なのだから、リドルもそれを承知である。
スピカは杖で空中に浮いているティーポットを差していた。近くには沸騰している片手鍋も浮いている。
四人がけのテーブルでセレナがスネイプの正面に座り、その隣にリドルが座った。
「もうそろそろで終わりそう。先生……選択科目なんだけど……」
「お前が学びたいものを選べ」
「占い学、数占い、マグル学、魔法生物飼育学、古代ルーン文字学……ってあるけど……教科の先生、ちゃんと教えてくれる?」
セレナが真剣にスネイプに聞いていた。ロックハートがよっぽど嫌だったのだろう。スピカが四人分のお茶を入れていた。
「イレブンジィズになるけど、のんびりいきましょう」
イレブンジィズはイギリスのティータイムの一つで午前十一時頃に飲むお茶だ。朝食と昼食の間を埋めるお茶と
されている。十五分ほどで終わるお茶だ。リドルとスピカは記憶ではあるが飲食は出来た。
スピカはスネイプの隣に座る。
「魔法生物飼育学はその名の通り……魔法生物の生態や飼育方法を学ぶ。教えているのはケトルバーン教授だが……引退するとか
聞いたな」
「生きてたのね。あの先生。劇の時に大惨事起こして休職なったりしてたけど」
「大惨事だったね。あれ以降、クリスマスは劇なんてしないんじゃなかったかな」
ケトルバーンの名が出されるとスピカとリドルが話し出す。二人が知っているところからして、古参の教授のようだ。
「劇……何の劇をしたの? ロミオとジュリエットとか……?」
ホグワーツで演劇をしていたなんて初耳だ。スネイプも始めて聴いたらしく、話に興味を持っている。
スピカが紅茶を一口飲んだ。
「マグルの劇じゃないわ。ビードルの『豊かな幸運の泉』をしようとしたのよ」
「……ビードルって聞いたことがない」
スピカが出した作者も童話のタイトルもセレナは聞いたことがなかった。セレナの反応が鈍いことをスピカは気にする。
「本来のお前はセレナをマグルのように育てたんだろう。知らなくて当然だ……僕も演劇をするまでは知らなかったし……
魔法界の童話だよ……マグルの童話で言うと『シンデレラ』とか『ヘンゼルとグレーテル』みたいな」
「私も母さまに読んで貰ったけど、魔法界の子供は大体は読み聞かせられるの」
ホグワーツに入学してからは魔法を覚えたりするための教科書は何冊か読んだことがあるが童話までは読んだことがなかった。
「何かと想えば、カタリナとブラックが言い争いで口に出していた童話の話か」
「うちの娘。父さまの実家の子と争ってたんだ」
カタリナ・ヴァルキリアはセレナの母親である。ブラックというのは誰かのことを差すかは知らないが、スピカが父さまと
呼んでいるところからして、ヴァルキリア家と親戚筋の家系らしい。
「書き換え版がどうとかあの時は言っていた」
「『魔法使いと空飛ぶポンポンネット』についてかしらね」
「ビートルの本、読んでみたい」
読書好きのセレナだ。ビードルの本に興味を持った。
「この家にある?」
「あるわけがない」
「取ってくるわ」
スネイプに問いを投げかけ、否定されるとスピカはミルクティーを飲み干して、席から立ち上がる。
テーブルの上に置いてあった杖を片手持ったスピカの姿が消えた。
思い立ったらすぐに行動をすると言うのが、彼女である。
「……瞬間移動が出来るなんて魔女って凄いな……でも、出来るなら箒いらないんじゃない? 煙突飛行粉も」
「『姿あらわし』は危険な呪文だ。十七歳以上の魔法使いや魔女ではないと使うことすら禁じられている。失敗すると
『ばらけ』という現象が起きて身体の一部が置き去りになってしまったりするからな……箒や煙突飛行粉の方が安全だ。
覚えておいて損はないがな。無効化するための呪文も存在する。ホグワーツでは禁じられている呪文だ」
瞬間移動、と言ったセレナにスネイプが強く訂正や基礎知識を言っておいた。セレナは何度も大きく頷いた。
「先生達が遅刻しそうになっても、歩かなきゃいけないってことか……」
「その通りだが……」
「君はサラサに似てるよ……」
セレナの解答はたまにずれる。リドルが呟いた。
「サラサって、お祖母ちゃんの……」
「双子の姉だ。君と同じレイブンクローで、アレと正反対で大人しくて、穏やかで……劇だとアルシーダ役をしてた」
リドルの声音が僅かだが柔らかくなる。アルシーダというのはやった劇の登場人物の名前のようだ。
「……大惨事と言っていたが」
「──酷かったよ。僕が何もしなくても大惨事になったからね。……何かする気も無かったけど、
ビーリー教授……当時の薬草学の教授がやろうと言うことでやったんだけど……」
ホグワーツのクリスマス時、ヘルベルト・ビーリー教授が劇をしようと言いだした。
『豊かな幸運の泉』は簡単なあらすじを言うと三人の魔女と騎士が苦難の旅の末、自分の欲しいものを手に入れるというストーリーだ。
劇の配役は立候補によって選ばれた。サラサはアルシーダという、悪い魔法使いに全てを奪われた魔女をすることになった。
他の登場人物はと言うと、どんな癒者にも治せない病を患ったアシャと深く愛した男に捨てられたアマータ、三人の魔女と旅を
することになったラレックス卿が居た。
サラサがアルシーダ役になったのはくじ引きの結果であった。リドルはと言うとラレックス卿に推薦されていたが、
面倒だったので適当な理由をつけて役を他の者に譲った。
「それだけ聞くと普通の劇のような……」
「……ダンブルドアが作った仕掛けは凄かったんだがケトルバーン教授が用意した芋虫がね……旅の障害と言うことで、
準備されたんだが……それが、『肥らせ呪文』をかけたアッシュワインダーで……」
「アッシュワインダーって……」
「そんなもの劇に持って来るな」
アッシュワインダーは魔法のかかった火を長時間放っておくと出来る蛇であり、寿命はたった一時間しかないが
きらきらしたタマゴを産み、愛の妙薬の材料にもなるが、産まれたタマゴはすぐに発見して凍結呪文をかけないと
高熱を発する。
「舞台装置は燃えたよ。その他にも劇が始まる一時間前にアマータ役の生徒と恋仲だったラレックス卿の生徒がアシャ役の
子に心を移しちゃって燃えた舞台装置の側でアマータ役の子とアシャ役の子が決闘したり」
「……サラサお祖母ちゃん……良く無事だったね……無事だったの?」
「危ないと感じたから僕が逃がしたよ。勘がいい連中はみんな逃げた」
女通しの決闘によって飛び交った魔術を浴びたビーリー教授は入院を余儀なくされた。舞台装置が燃えたことで
けが人も多数出て、夜は超満員の病棟で過ごすことになった教職員や生徒が大多数だった。
ケトルバーン教授が復帰したり、ビーリー教授が退院してくるまで時間がかかったりした。
当時の校長であったアーマンド・ディペット教授はホグワーツで芝居をやることを禁止したという。
「そんなことがあったならば、ディペット校長でなくても、中止にするだろうな」
スネイプが心底嘆息し、紅茶を飲んだ。
そこにパチンッ、と大きな音がして、スピカが帰ってきていた。手には一冊の本を持っている。
「ただいま。アクシオで取り寄せちゃったけどこれよ。ビードルの物語」
テーブルの上にスピカが一冊の本を置いた。保護魔法や保存魔法がかけられてあるとは言え、古い本であることはセレナや
スネイプも見て解る。
「読んでみる」
「?、セブルスに読んで貰わないの?」
「我輩が何故読まねばならぬ」
「これ、魔法界だと親が子供に読み聞かせるのよ。私と姉さんは母さまや父さまに読んで貰ったし」
恒例行事というものらしい。
スピカは小さい頃に親に読んで貰ったらしい。セレナはマグルのように育てられたので、ビードルの物語を読んで貰うことは
無かったし、スネイプは父母が不仲だったし母親は忙しかったのか読んで貰ったことはない。
リドルは母親が産まれてすぐに死んだし、父方の家族はマグルだし、自分で殺している。
親が子供にとスピカは言っていた。スピカはスネイプがセレナの親であると想っているようだ。
「血の繋がりはないんだよ」
「そんなこと別に些細なことでしょ?」
些細なことでスピカは片付けてしまっていた。リドルは黙る。セレナはビードルの本とスネイプを交互に見ていた。
困っているようだ。
「……読んでやる……貸せ……」
スネイプはセレナから本を取るとスネイプは大雑把に中身を眺めていた。
「読むなら暖炉の側よね。火をつけて」
「今は夏だ。暑いだろう」
「雰囲気よ」
リドルのまともなツッコミにスピカは両手を腰に当てて返答した。
「床で読むか」
「……先生、本を読んでくれてありがとう」
「礼はいらない」
スネイプが本を読んでくれると言うことでセレナは微笑んだ。一通り目を通したことでスネイプはビードルの物語の中に
書いてある五つの話を読むことが出来た。
リドルが杖を取り出すと軽く振る。床にはクッションが現れた。
「いるだろう? 僕はここで聞いているよ。暇だし」
「雨、止まないものね」
セレナは外を見た。
雨は強くなってきている。軒下に雨の雫が落ちてはリズムを刻んでいた。
リドルが出してくれたクッションの上にセレナは座り、後ろにスネイプが本を持ってきた。
憂鬱な雨の日が、楽しくなりそうだ。
【Fin】
二年生の夏休みの話。劇の話はリドル達が経験したという風に無理やり解釈。2年生の夏休みと3年生の夏休みが書きやすいかな
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