088 髪結の亭主

       
シンオウ地方にあるこうてつじまはかつて良質の鋼鉄が取れることで有名な島であったが取り尽くされた今は、
ポケモントレーナーの修行場として使われていることが多い。その島で夜が明けると同じぐらいにナハトの目は覚める。
ナハトはハンモックで寝ていた。下のベッドでは同居人であるゲンが居て、床でははどうポケモンのルカリオが寝ている。
音を立てずにハンモックから降りると寝間着から服に着替えて顔を洗う。
服は毎年クリスマスに知り合いから貰っているものだ。ナハトは黒い服を好む。

「ナハト。おはよう」

「……起きた?」

「目が覚めていたからな。今日は本土の方に行く予定だったか」

「午後には帰るから。修行してて」

ナハトは本土に……ミオシティに行く予定ではあった。買い出しやバイトのためだ。
食事は出来る限りナハトが作っている。ゲンの食事も美味しいのだが昔のことが記憶から引っ張り出されて味が哀しくなるからだ。
ルカリオも起きてきていた。
いつものように食事を終えてからナハトはモンスターボールを出す。

「私も本土に行けたら行く」

「……ん。……ふわわ。出てきて。行こう」

こうてつじまとミオシティには定期船があるが、時間が決まっている。ナハトは速く行きたかったので手持ちポケモンの
ふうせんポケモンのフワライド、ふわわを出して上に乗るとミオシティに行くように言った。
フワライドはミオシティまでナハトを運んでいく。
風に乗ればフワライドは速い。三十分以上飛んで、着いたのはミオシティ、運河の都市だ。
午前中はミオ図書館で司書のバイトをする。ナハトはたまにカフェのバイトなどもしていた。
一日中ミオ図書館のバイトをすることもあるがやることもあり今日は半日にしておいた。

「チビすけ。船には乗らなかったのか」

「……チビじゃない。ナハト。ヒゲマント、覚え悪すぎ」

解っていることを言われて解っていることを返す。二人にとっては挨拶だ。港に着いたナハトを迎えたのは、
四十代ほどの男。マントを着けてヒゲを生やしている。彼はトウガン。ミオシティにあるミオジムのジムリーダーで
ナハトとの付き合いも長い。

「ゲンは島か」

「そう。ジムはやらなくていいんだ」

「今日は休みだ。たまにはジムは休まないとな。久しぶりにゲンと修行するか」

ポケモンジムは各地方に八つあり、時間や休みなどはそのジムが勝手に決めても良い。申請書がリーグに通って受理されればの話だが。

「喜ぶ気はする」

「それなら、行ってくるか。またな、チビすけ」

頭に手を置かれて何度も撫でられる。ナハトは苦手だった。トウガンはこうてつじまに行くらしい。
トウガンと別れてからナハトはミオ図書館に行く。裏口から入り、職員に挨拶をする。司書であることを示すネームプレートを
首からぶら下げた。ミオ図書館は一般人からすれば読みづらい本ばかりが揃えられている。
本を集めたときに専門書ばかりを揃えたからだ。最上階の方に行けばまだ読みやすい本はあるしテレビもある。
今日届いた分の本を貸し出せるようにしたり本のチェックもしなければならない。

「おや、ナハトさん。こんにちは」

「……久しぶり……ゴヨウ」

返されている本を戻していると、ナハトは見知った人物と出会う。眼鏡をかけたうす紫色の髪をした青年だ。
彼はゴヨウ、シンオウリーグ四天王の一人であり、トップだ。エキスパートタイプはエスパーである。

「今日は司書をしている日だと想ってきてみたのですが、お薦めの本はありますか」

「それならこれ……面白いはず」

ナハトは本を渡した。ゴヨウの本の好みは知っている。ミオ図書館の全ての本の位置をナハトは知っていた。

「私が最近読んだのは詩集でしたね」

「句集とかもあるけど、ポケモン川柳」

「ポケモン川柳は面白いのとつまらないのがありますね。ブームなのか乱立してしまいまして」

冗談交じりにナハトはポケモン川柳の本を出す。ゴヨウもポケモン川柳の本を読んでいるらしい。

「ゴヨウさん、ナハトちゃんも。話してるんだ」

「ナハトちゃん。父さんのこと知らない?」

「リョウと、ヒョウタ……ヒゲはこうてつじま……」

ゴヨウと話していると側に来たのは黄緑色の髪をした青年とヘルメットを被った作業着の青年だ。リョウとヒョウタである。
リョウはシンオウリーグ四天王の一人であり、エキスパートタイプはむし、ヒョウタはジムリーダーの一人であり、
エキスパートタイプはいわだ。ヒョウタがトウガンについて聞いてきたのでナハトは短く居場所を答える。

「こうてつじまってことはゲンさんと修行中だね。ジムは今日は休みだった。用件があったら連絡しろとか言ってたんだけど、
連絡先が書いてなかったんだよ。それでポケギアにかけたらポケギアは家に置きっぱなしだったから」

ヒョウタの説明にナハトは嘆息した。いざというときは抜けていない癖に普段はこうしてトウガンは抜けている。

「ゲンさんってナハトちゃんの家族の……ナハトちゃんは働いているのにあの人は何をしてるの?」

「修行とか……わたしが仕事をすれば良いだけだし……」

ゲンの話題が来たのでリョウが聴いてきた。
普段はナハトが働いていてゲンがしているのは修行だ。ナハト本人は今の状況を悪いとは感じていない。

「シロナさんが言うには、彼はジムリーダーやそれより上を目指せるらしいですが断って居るみたいですし」

「いつかやるんじゃない?ヒョウタが結婚して引退でもしたら」

「結婚とか……その、まだだし、好きな子はいるけど彼女……」

「……化石の本、良いのが入ったから借りてく?」

「借りるよ」

シロナはシンオウリーグのチャンピオンだ。ナハトも何度か逢っている。冗談でナハトは言ってみたがヒョウタは真に受けたらしい。
ヒョウタには好きな人がいる。かなり年下だ。ナハトも知っていると言えば知っている者だ。
長い付き合いをしてきたナハトとしては、ヒョウタの恋愛を邪魔する気はないが、姉として成長を見守ってきた者として複雑だ。
自分で振った話題を自分で処理するためにナハトは分厚い化石の専門書を出した。
昔は絵本の化石の本を読んでいたと想って、懐かしくなる。

「ヒョウタくんと仲良いね」

「付き合いが長いそうですよ」

会話を聞いていたリョウとゴヨウが言う。図書館内にいたので静かに会話をしていた。



こうてつじまには何人かのトレーナーも居るが、定期船で行ったり帰ったりを繰り返しているため、滞在をしている者は少ない。
ゲンは今日もルカリオと一緒に修行をしていた。ゲンははがねタイプのエキスパートと自分で言っているが、他のタイプも
使える。

「ゲン。今日はジムが休みなんだ。修行しないか?」

「トウガンさん。……やりましょう。良いね。ルカリオ」

トウガンが島を訪れていた。手にはスコップを持っている。ルカリオに聴くとルカリオが承諾する。

「本気のメンバーも闘わせたいからな。お前も本気を出せよ」

シンオウ地方のジムリーダーというのはジムリーダーをするための手持ちと本気で闘うための手持ちと分けていることが多い。
ジムリーダーというのは挑んでくるポケモントレーナーの実力を見極めて伸ばすことを目的としている。
決して来るジムリーダー全てを倒していけばいいというわけでもない。

「やるぞ。ルカリオ」

ルカリオに言うとルカリオは凛として構える。トウガンはモンスターボールを出すと投げた。



バイトを終えてお昼になりナハトは側のカフェで食事を取ることにした。
ゲンに関しては昨日の夜から食事を準備して置いておいたので心配はいらない。カフェでランチメニューを注文した後で
ナハトは聴いた。

「四天王とかジムリーダーって暇なの……?」

「僕はここでご飯を食べてから父さん達のところに行こうかなって」

「今日は休みなんですよ」

「挑んでくる相手ってそんなに居ないから」

二人席に座って食べるのがナハトではあるが今日はヒョウタとリョウとゴヨウが居た。カフェのパスタがナハトのお気に入りだ。
四天王にしろチャンピオンにしろ挑戦者が現れない限りはやっているのは事務仕事が多いらしい。
ゴヨウはカルボナーラを注文していて、リョウとヒョウタはナハトと同じランチメニューを頼んでいる。

「……こうてつじまで、昔は遊んでたね。ソルとルナと」

「あのポケモン達はどうしたんだい」

「ボックス……放置しておきたいけど、たまに捕獲されそうになるから。あげようと想ったけど」

「僕はエキスパートタイプがいわとは言え、ソルロックとルナトーンを使うのは……エスパー寄りじゃないか。あのポケモン。
ホウエンのジムリーダーで使っている人がいるとは聴いたことがあるけど」

ナハトがヒョウタに昔のことについて話した。昔というのはヒョウタが子供だった頃だ。
いんせきポケモンであるソルロックとルナトーンはナハトの手持ちであったがこのところ見ていない。パソコンに預けてあるようだ。
ヒョウタがジムリーダーになったときにナハトはあげようとしていたのだが、ヒョウタは遠慮した。

「手持ちは今どんなのを持ってるの?」

「……フワライド、チェリム、ギャロップ、オムスター、パチリス。ブラッキー……最近はアゲハントを得たけど」

リョウに聴かれ、ナハトは自分の手持ちを話す。移動用のフワライド、サクラポケモンのチェリム、ひのうまポケモンのギャロップ、
うずまきポケモンのオムスター、でんきりすポケモンのパチリス、げっこうポケモンのブラッキーがナハトの手持ちだ。
バランスを取っている。

「アゲハント?」

「こうてつじまに落ちてたのを手当てして、今はゲンに預かって貰ってる……」

ちょうちょポケモン、アゲハントが傷ついた状態でこうてつじまに来たのは四日ほど前だ。波導で治してから放し飼いしている。

「手持ちに加えないんですか?」

「悩んでる。わたしの手持ちに加えるか……ゲンの手持ちにするか。……むしタイプは余り育てたことが無くて」

お待たせしました、とウェイトレスが出来た分のランチパスタを持って来る。
ランチパスタは野菜パスタだ。毎日、ランチ用のパスタは違う。ランチにはパンとスープがついていた。
ナハトもゲンもむしタイプは使えることには使えるが不慣れである。

「そのアゲハント見て見たいな」

「見たいの?」

「リョウはむしタイプのエキスパートですから、アドバイスが出来ると想いますよ」

リョウが声をかけてきた。エキスパートタイプはそのタイプの専門家であるため、専門のタイプにはとても詳しい。

「じゃあよろしく……定期船、三十分ぐらい後で出るから……それで行こう」

ミオシティとこうてつじまには定期船が通っている。ナハトは時間は全て暗記済みだ。ナハトは食事を再開する。
食事を終えてからこうてつじまにナハトは戻る。ヒョウタやゴヨウ、リョウも一緒だった。
船長に礼を言い船から下りるとナハトの元にアゲハントが飛んできた。色違いのアゲハントだ。
アゲハントは鮮やかな黒や黄色の羽根をしているがこのアゲハントは紫色である。

「このアゲハントが話していたアゲハントですか?」

「そう。あの二人は……地下?……化石、掘ってるんだ」

アゲハントがナハトの頭の上に止まり、リボンのようになっている。ナハトはアゲハントからゲンとトウガンが何処に
居るかを波導で読み取った。ちかつうろで化石掘りをしているらしい。シンオウ地方の地下にはちかつうろが
張り巡らされていて、たまが出たり石や化石が出ていた。
リョウがナハトの頭の上に居るアゲハントに触れる。

「このアゲハントは雌だね。模様で解るよ」

「父さんとゲンさん、化石掘ってるんだ。先に行ってくるよ」

「……よろしく」

リョウが言うにはアゲハントは雌らしい。ヒョウタがちかつうろへの道へと先に行く。アゲハントはナハトの頭の上から
離れた。リョウがモンスターボールを出すと自分のアゲハントを出す。リョウのアゲハントは色違いのアゲハントに
話しかけていた。最初は怯えていた色違いのアゲハントだったが、リョウのアゲハントと一緒に飛んでいる。

「アゲハント、僕に預からせて貰えないかな。僕が預かった方が良さそうだし、大事にする」

「それなら任せる。わたしより貴方の方が、ちゃんと面倒を見られるだろうから……せっかく来てくれたからお茶、入れるね」

「いただきましょう」

リョウとゴヨウがこうてつじまに来たのは初めてだ。ナハトはお茶を入れるために小屋へと二人を案内する。
ヒョウタ達は放っておいても良い。付き合いが長いからだ。ナハトとしては四天王二人と会話をするのは滅多に出来ない
ことなのでエスパータイプのことやむしタイプのポケモンについて聞いておくことにした。



ちかつうろにヒョウタが降りるとゲンとルカリオとトウガンがかせきをほっていた。慎重にゲンはハンマーと
アイスピックで中の物を取り出そうとしている。

「ゲンさん、父さん、ルカリオ」

「ヒョウタか。チビ助は一緒じゃないのか」

「四天王のリョウさんとゴヨウさんも一緒に来てね。アゲハントについて話し合ってた」

ヒョウタがナハトについて話すとルカリオが反応する。ルカリオはゲンに何かを伝えた。

「お茶を出しているって……その間に化石掘りはしておかないと」

「石とか売って生活してるしな」

ナハトとゲンの収入というのはナハトのバイトと石を売ったりしたお金とトウガンの雑務で賄われているが、
殆どをナハトが働くことによって賄われていた。

「シロナさんは四天王をしてみないかとか言っているけど」

「四天王って……入れ替えですよね。撃破するんですか?」

「する気はないんだけど、彼女は大丈夫、アフロを開けるとか言って……」

「本当にやりそうで怖いな」

シンオウ四天王はリョウとゴヨウ、じめんタイプのエキスパートであるおばあさんのキクノとアフロでほのおタイプの
エキスパートであるオーバが居る。シロナはシンオウリーグのチャンピオンだ。
四天王は通常、打ち破れば入れ替わるのだが細かい規定がある。チャンピオンはある程度の権限があるが、
振りかざされることは少ないがシロナならやりそうだとトウガンは言う。

「ナハトには負担をかけっぱなしだから、手伝いたいんだけど……家族だし」

「本気で四天王目指したらどうだ。そうしないとニートだぞ」

「……ニートって」

「ゲンさんはゲンさんの出来る範囲でやれば良いんじゃないかな」

ナハトとの出会いは今も覚えている。
旅をしていたゲンがタマゴを拾い、タマゴと旅をし始めて、しばらくした後の夜、ナハトがゲンの前に現れた。
初対面だったはずなのにようやく逢えた、とか心配かけた、などの言葉が浮かんだ。
大切にしていた記憶がある。どうしてそんな想いを持っていたか、解らないが、大事なのは確かだ。
言いながらゲンは石を掘り終わる。出てきたのはリーフのいしとかみなりのいしだ。
袋に詰める。

「掘れたか」

「戻りましょう。ヒョウタ君は?」

「僕も戻ります」

ヒョウタが化石を掘りたそうにしていたがゲンが戻ると言っていたのでトウガンと共に戻る。
ナハトには世話になっているが、返し方が解らない。
─────────ゲン様、ヒョウタ君の言うように、出来ることを、石もナハトは喜ぶかと。
そうルカリオが伝えてきた。ゲンは笑う。
使っている小屋の扉の前に来た。ゲンが開けるよりも先に扉が開く。

「おかえりなさい」

見慣れた少女が居て、いつものように言葉を言われて、ゲンも嬉しくなり心から、笑う。


【Fin】 ナハトの方が稼いでいるのでゲンが立場がないようで居てナハトはそれでいいとしているんだけれどもゲンはよしとしてないでみたいな話。
だけどふたりは仲良し、ルカリオも仲良し。

もどる