二週間に一度の約束
婚約者も居たという良家のお嬢さんが天涯孤独の男と出会い、その人のひたむきさに惹かれて
家の反対を振り切り逃避行。やってきた町で暮らし始めます。子供も産まれました。
男の子が一人と女の子が一人。
そんなある日のことです。夫婦は男の子を連れて買い物に出かけました。女の子は体調が悪かったので、
家で寝ていました。お土産を買ってくると女の子に約束していた二人でしたが、
乗っていた車がトラックと正面衝突を起こして、夫婦と男の子は帰らぬ人となってしまいました。
――――――家で風邪を引いて寝ていた、女の子を残して。
「……観月。これでようやく、終わりが見えたわね」
「見えましたね。そして先代の負の遺産を一つ、処理出来ました」
東京の郊外にある聖ルドルフ学院、創立五年とまだ新しいカトリック系の学院である。その学院の生徒会室で
見終わった書類を机の上に置いたのは生徒会副会長の大瀧歌織だ。書類にサインを終えたのは生徒会長の観月はじめである。
他の生徒会メンバーは出払っていた。二人が片付けていたのは先代の生徒会が残した書類であった。
学校は五年しているのだが、生徒会は今の代で三期目だ。それというのも、三年ほど第一期が続いたからである。
まだ第一期の生徒会は良かったのだが、第二期の生徒会は酷かった。
運営自体がぐちゃぐちゃで良くこれで学院が持ったと想えるぐらいにだ。
それを処理して、次の生徒会にちゃんとした引き継ぎをしようと言うのが三期である。
「部活はそろそろ始まるんでしょう」
「女テニは休みでしたっけ」
「水曜日と日曜日を休みにしているから」
「こちらはミーティングだけですから、だからこそ、仕事を進められたんですけど」
歌織と観月はテニス部だ。テニス部と言っても立場は違う。歌織が入学当初からテニス部にいることに対して、
観月は全国各地からテニス部を強化するために集められた補強組だ。歌織のような立場を生え抜き組という。
「終わったのか? 観月。歌織。何か大変そうだったみたいなんだが」
「赤澤」
「先ほど終わりましたよ」
「二人とも疲れただろ……これ、食べろよ。スイートポテト」
生徒会室のドアを開けて入ってきたのは褐色の肌をした背の高い男、赤澤吉朗であった。男子テニス部の部長で
生え抜き組で、歌織の幼なじみである。物心着いたときから歌織と一緒だった。
皿に乗せたスイートポテトを生徒会の机の上に置く。
「頂きます。赤澤くん、体育委員会の書類は?」
「出来てるぜ。それも届けに来たんだ……歌織」
「どうしたの」
「校門裏にジャガーが居たぞ。今日は約束の日じゃないのか」
スイートポテトを食べようとしていた歌織が赤澤の言葉を聞いて、無言でポケットから携帯電話を取り出した。
スケジュールを確認すると、印が着いていた。何度か着信も入っている。
授業中なのでバイブレーション設定だけにしておいたので気付かなかったようだ。
「ジャガーと言うとイギリスの自動車メーカーですよね。まさか動物が来ている分けじゃあるまいし」
「そっちよ……行ってくるわ……帰りなんだけど遅くなるから」
「ああ。解ってる」
歌織は荷物を纏めると、生徒会室を直ぐに出て行った。スイートポテトは皿に載っている分の半分を持っていった。
赤澤は観月の前に書類を出した。半分ぐらいは後輩の金田一郎に
手伝って貰ったものだ。金田は収穫祭実行委員会なのだが、赤澤の手伝いをさせられたらしい。
「大瀧さんは二週間に一度ぐらい出払いますね」
「約束だからな……伯父さんに逢うんだよ。唯一と言っても言い身内だし」
「……そう言えば、大瀧さんの身内は……事故で死んだんですね」
歌織が座っていた席に赤澤は座る。赤澤は歌織の幼なじみであり、歌織のことを大体知っている。観月が
知っていることと言えば、歌織には身内がほぼ居ないと言うことだ。彼女が十歳の時に交通事故があり、両親と兄が
亡くなっていると言うことである。そして後はアレルギー持ちであると言うことぐらいか。
「家庭の事情でその人がちゃんと歌織のことを引き取れないんだけど……でもあの人がな……」
「どんな人なんですか?」
「お前も会う機会がある筈なんだが……」
複雑そうにしている赤澤を見ながら、観月は体育委員会の書類を捲った。直ぐに全部めくり終わり、険しい顔をする。
「赤澤くん……なんですか。このセパタクロー大会って言うのは」
「面白そうだからさ。それが駄目ならインディアカとかあるんだが」
「……誰でも出来るようなものにしてください……良いですね?」
体育委員会が主催で球技大会をすることになったのだが……ちなみに前期と後期で二回ある……赤澤が提案してきたのは
セパタクローという足でやるバレーボールのようなものととインディアカという羽根でやるバレーボールの
ようなものであった。
観月は生徒会長として、そして個人的にこの企画を却下した。
歌織は校門裏へと来る。そこにはジャガーがあった。ジャガーというと車のメーカーのことになり、
車種も言うべきなのだろうが、歌織はこの車の車種を知らない。知っているのは造ったのはジャガーであり、
乗っているのは彼女の伯父であると言うことだ。携帯電話を操作して伯父のところにかけてすぐにきった後で
助手席のドアを直ぐに開けた。
「お待たせ。伯父さん」
「電話を何度かかけなかったが出なかったようだが」
「生徒会の仕事が忙しかったの。本当よ。二人しかいないんだから」
生徒会の面子が全員揃うなんてことは滅多にない。それは本当のことである。歌織は助手席に乗り込んだ。
運転席にいたのは高級そうなスーツを着こなした男だ。香水も高級品を付けている。
肩をすくめながら歌織は持ってきたスイートポテトを口に含んだ。
「小さな学校の割に、苦労をしているようだな」
「……氷帝に比べたら小さいけど、それでも五百人はいるわよ」
ルドルフを小さいと言っていたら他の学校はどうなるのか、歌織はそう言いたかったが言うのは無駄だと辞めた。
伯父が勤めている氷帝こと氷帝学園は規模が大きい。二つ目のスイートポテトを食べながら歌織は伯父を横目で見た。
氷帝の音楽教師……ではあるが言っても信じて貰えないぐらいの妙な雰囲気をしている。
これで四十三才なのだから信じられない。ギリギリで見積もっても三十代ぐらいにしか見えない。
名前を榊太郎――歌織の唯一と言って言いほどの身内であり、伯父である男だ。
「……生徒会の仕事は終わっているのか? 歌織」
「終わらせた。今日は何処に行くの?」
「良いレストランを予約してある。お前が安心して食べに行ける場所だ」
「ん。楽しみにしてる」
鞄の中からi Podを取り出すと歌織は音楽を聴きだした。ヘッドフォンを付ける。車内には音楽はない。
たまにかかったとしてもクラシックだ。榊がアナログ派なら歌織はデジタル派だ。ネットで集めてため込んだ音楽を
聴く。自身もパソコンでDTM……デスクトップミュージックの略でパソコンを使って音楽を制作すること……を
しているので色々な曲を聴くことは参考になるのだ。歌織は食物アレルギーを持っているので、食べる場所を選ぶ。
蕎麦粉を食えば致命傷、海老とブドウとピーナッツは体の調子を悪くする。それでも蕎麦に比べればマシだ。
今日は約束の日だった。二週間に一度、歌織と榊は会い、食事に出かける。榊は忙しいのだが、
コミュニケーションは取りたいらしい。時折、電話もかかってくる。
両親と兄を亡くした歌織の元にやってきたのが榊であった。最初にあったときは驚いたものだ。
話に寄れば自分を引き取りたいのだが、家の事情でそれが無理であり、だが、援助はするというものだった。
幸いなことに歌織の側には赤澤が居たし、赤澤家があった。事情を知った赤澤家は歌織の面倒を見てくれている。
榊の家の事情については聴いていない。聴くべきことではないと判断しているからだ。
歌織としてはせめて高校は出て、速く独立をしたいのだ。金には困っていない。父親が残してくれたものがあるし、
保険金もある。今の状態を抜け出して、速く――――――。
「歌織。着いたぞ」
「!、……ヘッドフォンを外して……囁かないでよ」
外界の音を遮断しているヘッドフォンが外されて、耳元で榊が歌織に言ってきた。歌織の顔がすぐに赤くなる。
動揺を悟られないようにしながら、『i Pod』の電源を切断した。
「話しても揺すっても反応がなかったので言ってみただけだが、そんなに困ることか?」
「……行くわよ。さっさと」
聖ルドルフ学院でもかなりのポジションを維持し、観月とも対等に話したりしている歌織ではあるが、
伯父のことは苦手であった。主導権を上手く握れれば良いのだが、今日は握れなかった。
鞄に『i Pod』を放り込み、代わりに携帯電話をポケットに入れる。
「お前も気に入るメニューだ。きっと満足する」
――確かに伯父さんの選ぶ店はどれも高級すぎてそれでいて美味しいんだけど。
優雅にジャガーを降りる伯父を横目に、歌織も車を降りた。
「……ボーリングはどうだ?」
「―――却下。だから普通の一般的なスポーツを選んでください」
「それなら、蹴鞠だ」
「赤澤くん!現代社会に蹴鞠を持ってこない!」
同時期、体育委員会委員長と生徒会長の押し問答も続いていた。
【Fin】
続かない話。
榊が主導権を握るとこんな感じ。料理食べながら会話しますあの二人は後で。
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