テニスの王子様 In Aria

第一話 水の惑星       
時代が進み地球(マン・ホーム)は言うと区画整理が進み、部屋にいながらでも生活が出来て、ほぼ全てが機械化された。
天気だって管理されて、美観化と区画化がすすみすっきりしている。
かつて火星と呼ばれていた惑星は、惑星地球化改造(テラホーミング)により、人間が住める星に改造された。
惑星地球化改造が行われたのは今から百五十年前の話だ。
だが、極冠部の氷の予想以上の氷解により地表の9割以上が海に覆われてしまう。
そんな状況になっても人間は諦めずに試行錯誤をして、火星は今日では水の星として親しまれる様になった。


火星は今、こう呼ばれることが多い。
─────────水の惑星『AQUA』、と。



『当期はまもなく、目的地ネオ・ヴェネツィア上空に到達します』

火星には様々な街があるが物語の舞台は21世紀前半まで地球のイタリアに存在していた水の町、ヴェネツィアを
元にして作られたネオ・ヴェネツィアだ。
水と共に生きる港町。

(楽しみだな……)

地球を飛び出して、火星に来た一人の少女。名前を竜崎桜乃という。長い二本の三つ編みが特徴的な少女だ。
彼女はある夢を叶えるために火星にやってきた。宇宙船が火星に降り立つのを待ち、降りてから各種の手続きを終えた。

「わぁ……」

マルコポーロ国際宇宙港から出た後、桜乃の目の前に広がったのは海だった。見渡す限りの蒼が広がっている。
火星は9割方が水なのだが。こうしてみると圧巻だ。
桜乃は手荷物を持ち、橋のところまで歩いて立つと、眼を閉じて、風を感じた。
始めて感じる火星の風だ。
海鳥の鳴き声も聞こえる。
桜乃はしばらくネオ・ヴェネツィアを肌や耳で感じていたが、そんな彼女を真っ白な身体をした蒼い瞳をしている
地球猫が見つめていた。その名の通り、地球原産の猫である。
区別がついているのは火星猫という猫もいた。デルフォメされたぬいぐるみのような火星猫は喋ることが
出来ないが知能は人間並みである。地球猫は桜乃の手にすり寄った。

「……わっ!!」

手の感覚に驚いて目を開けてみると猫が居た。地球猫は桜乃に向かって鳴いた。

「こんにちは、貴方も誰かを待ってるの?」

猫に話しかける。猫は青い眼を細めた。
こちらの言葉を理解しているような仕草に桜乃は微笑む。

「私は竜崎桜乃…地球から来たんだ。もうすぐ、私の下宿先の人が迎えに来てくれるはず……」

猫はそれを聞くと桜乃をじっと見つめた。桜乃は自分を人差し指で指す。猫は橋の下へと飛び降りた。
下にあるのは海だ。

「ね、猫さん?」

猫にもさん付けしてしまうのは彼女の性格のせいか。猫は海に飛び込むことはなく、黒いゴンドラの上に着地した。
にゃあ、と鳴いてから桜乃をじっと見つめている。

「乗れっていうの?」

猫は眼を閉じた。そうだ、と言っている様だ。

「…どうしよう……」

桜乃はしばらく考えたたが、スカートを抑えると決心して飛び降りて、見事ゴンドラに着地した。
黒いゴンドラは動いていた。ゴンドラを扱いていたのは一人の青年。

「……あ?」

「突然おじゃましてすみません」

「別に……お前……はいはい……」

一人で納得している少々無愛想な青年はゴンドラをこぎ出した。四方は海に囲まれていて降りるにも降りられない。
桜乃は座る。立っていると危ないからだ。
猫も桜乃の胸に飛び込んだ。
ゴンドラが止まると、青年はオールで頭上の何かを操作していた。箱でそれには郵便のマークが描かれていた。
どさどさ、と音がして、ぴったり郵便袋に郵便物が落ちる。青年は布袋を閉じた。
青年はオールで箱……ポストを操作して閉じる。

「郵便屋さんなんですか?」

「そうだ」

青年を見て見ると郵便屋の帽子を被って肩掛け鞄を提げている。桜乃はゴンドラに乗るのが初めてだ。
郵便屋のゴンドラの他にもいくつものゴンドラがあった。

「それは地球の日本で着られ取った着物や」

少し違った喋り方をしている眼鏡をかけた青髪の青年が、向こうの船で客の応対をしていた。
ゴンドラとは違った、こっちで言う屋形船の様な船に乗っている。青年が観光客に勧めていたのは着物で
青年も着物を着ていた。雰囲気からして何処かのお偉いさんにも見える。
船には様々な物が売られていた。桜乃の知らない物が多い。アクセサリーのようなものから置物もある。

「いらっしゃい。今日のおすすめの花は……」

別の船では、花を売っていた。船には様々な種類の花が大量に置かれている。どこもかしこも船がある。

「船がいっぱい……」

地面で商売をしているほかにも船で商売をする者が多い。
映像で見ていたのと直接見ているのでは違う。桜乃が感想を言うと、聞いた青年が呟いた。

「おかしいだろ?」

「え?」

「…この街」

青年はオールでゴンドラを操作して動かした。ゴンドラは水の上を滑る。桜乃は何がおかしいのか解らずにいると
彼は言葉を続けた。

「今のご時世、星間旅行まで出来るのにこの街は船がないと何も出来ないんだ。不便で不便でしゃーないのに、
……でも、不思議と落ち着く」

地球から火星まで、火星から地球まであるいはそれよりも遠くにまで旅行が出来るようになった。
昔では考えられないことだったらしい。そんな時代なのにもかかわらず、ネオ・ヴェネツィアは船がなければ、
交通も出来ないような場所だった。
青年はオールでゴンドラを操作し、流れに乗せた。流れに乗せれば、しばらくは運転しなくてもいい。
猫は欠伸をした。気持ちのいい天気だ。

「解ります」

「解るって?」

「私、地球出身なんですけど地球だと何でも家でやれるんだけど、味気なくて」

地球は天気だって自動制御が出来るようになったし、区画整理がされているので迷うこともない。
買い物だって仕事だって家に居ても出来る。だが、それが味気ない。便利になりたくてやったことなのに。
便利になったのにそれじゃあ、満足できないしつまらないと桜乃は想っている。青年はそれを聞くと笑い出した。

「……あはは……お前、面白いこと言うな」

「変なこと言いました?」

「いや……あ、そうだ、自己紹介がまだだったな。俺は不二裕太。郵便屋だ」

「竜崎桜乃です」

「いい名前だな……ネオ・ヴェネツィアには何をしに来たんだ?観光か?」

ネオ・ヴェネツィアを訪れる者の殆どの目的は観光だ。
裕太は桜乃もそうではないのかと聴いたが桜乃は首を横に振り、自分が来た目的を告げた。

「私、水先案内人(ウンディーネ)になりたいんです」

水先案内人。ネオ・ヴェネツィア伝統の観光客専門のゴンドラ漕ぎのことだ。

「見習い修行とか始めるみたいだな」

「はい。今日から。『ルナ・エ・ソーレ』って店で……」

「……ルナ・エ・ソーレ?」

「知ってるんですか?」

「(コイツが連れてきたわけだ)……ちょっとな」

裕太は足下の猫を一別する。猫は眠たそうにしている。

「実は私……ゴンドラが漕ぎたくて、女性は水先案内人になるしかゴンドラを漕げないし」

水先案内人になる試験は難しい。何せネオ・ヴェネツィアの顔なのだ。一人前の水先案内人になれるのは
一握りであるが、女性がゴンドラを漕ぐには水先案内人になるしかない。
他のゴンドラ漕ぎは男専門だからだ。裕太は、そんな桜乃を見てあることを思い付いた。

「漕いでみるか?」

「いいんですか?」

「別にいいよ」

裕太はオールを桜乃に渡した。そっちで運転するんだ、と指差す。猫が床に降り立つ。
渡されたオールを桜乃は強く握りしめた。

(緊張するな……)

シミュレーションではやってみたが、実際に漕ぐのは始めてだ。オールは想ったよりも長くて2,3メートルはある。
深呼吸をしてシミュレーションでやったことを想い出す。緊張しながらも、緊張を宥めながら、桜乃はゆっくりと漕ぎ出した。
ゆっくりだが、ゴンドラは進んでいる。

「うまい…うま……お、おい…スピードをおと……」

裕太の声が途中で止まった。裕太が想っていたよりもゴンドラがスピードを上げた。



「越前、向こうだ」

「了解!!」

その頃、『水上警察』と書かれた腕章を着けた二人がゴンドラを追っていた。二人が追っているゴンドラは
電動式で自動で運転が出来るのだが、システムがバグってしまい、操作が効かない。
ゴンドラには、観光客が乗っている。
母親と幼い姉弟がゴンドラに捕まっていた。上手く水の流れに乗った上に電動なので追うのに一苦労だ。
追いかけているのは身長が百五十センチほどしかない頭に白いキャップを被った少年、越前リョーマだ。
リョーマは正確に言うと水の上を数センチだが、浮いていた。彼に指示をした青年、桃城武もそうだ。
『水上警察』や一部の出前には特例として『ティターニア』の使用が、許されている。
『ティターニア』とは二人が履いている靴のことで、数センチだが水を浮くことが出来て跳躍力も高い。
路地が入り組んだネオ・ヴェネツィアでは
『ティターニア』が便利だが、使用に制限があるし、使うのにコツが居るので使える人間は少ない。

「ぶつかる!」

追いかけていたリョーマは声を聴いた。
黒いゴンドラ……郵便配達のゴンドラが自動式のゴンドラのすぐ前に現れたのだ。逆方向から走ってきたらしい。
運転をしているのは長い三つ編みの少女で郵便屋が座っていた。
リョーマがどうするべきか判断をしようとしたとき少女はオールを壁に付けた。
ゴンドラがすれすれで避けられる。

「初めてだろ……」

(始めて……?)

郵便屋が少女のゴンドラの運転に運転に驚いていた。しかしゴンドラがぶつからずに済んだ。

「チャンス!」

避ける瞬間に指示をした桃城は黒いゴンドラの上に乗った、
ゴンドラが勢いよく揺れた。
そこからさらにジャンプをして、走っていこうとするゴンドラの上に飛び乗り、操作の指示をしている機械、
黒い箱を勢いよく拳で叩いた。
機械は止まり、ゴンドラも止まった。避けた黒いゴンドラも途中で止まる。

「あ、あれ……?」

少女が座り込む。自分がやったことを自分で理解出来ずに、混乱しているようだった。郵便屋も状況を把握しきれていない。
桃城がゴンドラに乗っている親子を落ち着かせていたのでリョーマは黒いゴンドラの方に行く。

「こんにちは。『水上警察』なんだけど、事情、聴かせて貰えない?こっちも話すし」


『水上警察』と言うのはネオ・ヴェネツィアの警察であり、水路が多いネオ・ヴェネツィアでは陸地よりも水の方が
トラブルが多いため警察も『水上警察』と通称で呼ばれていた。陸の事件も扱っている。
桜乃と裕太は『水上警察』の二人から事情を聴いた。
移動もしたかったのだが、現場の維持のためと黒いゴンドラを動かすことも出来なかった。

「そうだったんですか……」

「協力感謝するぜ」

「大変だな、『水上警察』も……」

「『水上警察』さん……」

騒動の後始末が終わった『水上警察』の二人は桜乃と裕太に事の顛末を説明した。桜乃は『水上警察』を見ることが
初めてだ。背の高い青年が口を開く。

「俺は桃城武、こっちは越前リョーマだ」

「どうも」

「竜崎桜乃です」

水上警察の二人、桃城とリョーマは挨拶した。桜乃も一礼を返す。裕太は郵便物を確認していた。
無事だったのでほっとしている。

「おい、こいつ……水先?」

「いや…初めて運転したそうだ」

桃城が聴いて裕太が答える。答えの内容に桃城とリョーマは驚いていた。

「私も無我夢中で……」

「…あんた、いい水先案内人になれるよ」

彼を知っている人間なら珍しい、と言うだろう。
リョーマが誰かを褒めていた。ちなみにリョーマと桃城は水上に浮いていた。黒いゴンドラは一人用であり、
無理やりつめても、二人か三人ぐらいしか乗れないからだ。

「そ、そうですか?……って、どうしよう」

「どうしたんだ?」

「下宿先の人を待たせて居るんです」

桜乃は今想い出して、急ごうとしていた。が、桜乃は詳しい場所を知らない。
『水上警察』なら知っているはずだと聴こうとすると裕太が口を開いた。

「心配するな。乗ってろ」



ゴンドラを漕いで、またはティターニアで水面を浮きながら歩いて、着いたところは運河(メインストリート)だった。
先ほどの水路よりも広くなっている。そこには白いゴンドラが一つだけ浮いていて、少女が乗っていた。
ゴンドラには彼女以外は誰も乗っていない。

「水先案内人……?……あ…」

「森村!!」

「ん?」

白いゴンドラを漕いでいた少女……森村撫子は振り向いた。彼女は灰色の瞳をしていた。

「お前の所の下宿人だ!」

「……お姉ちゃん?」

桜乃が逢いたかった、下宿する予定の店『ルナ・エ・ソーレ』は撫子の店だ。撫子は桜乃の従姉である。
裕太が黒いゴンドラを撫子の乗っている白いゴンドラに近づけた。
久しぶりに逢えた撫子に顔が緩んだ。彼女はたまに地球へとやってきてくれていた。
想わず黒いゴンドラを飛び出し撫子に抱きつこうとする。

「おい!」

桜乃は足がもつれて、転んでしまった。前のめりになってしまい、海に落ちそうになる。

「……おっと」

『ティータニア』を履いたリョーマが桜乃を抱きかかえる。水に濡らさないようにリョーマが支えている。
桜乃が照れていた。リョーマは桜乃を抱きかかえたままで撫子のゴンドラに乗せる。桜乃を離した。

「久しぶり…元気そうだね……迎えに行けなくてすまない……暇が無くて……社長自らが迎えに行ったのだが……」

「社長?」

「月姫」

「『ルナ・エ・ソーレ』の社長だな」

撫子が社長……猫を見る。猫がにゃあ、と鳴いた。猫は裕太が使っているゴンドラから、撫子のゴンドラに飛び移る。
猫は月姫と言い、『ルナ・エ・ソーレ』の社長のようだった。
社長のようだったと言っても、桜乃には信じられない。

「………お姉ちゃん……の茶目っ気?」

桜乃が凍り付いた声で言う。それを聞いた裕太、リョーマ、桃城は笑い出した。撫子が微笑を浮かべる。

「裕太くん、桃城くん、越前くん、家においでよ。サクちゃんを迎える祝いをする予定だったんだ」

「お前がそう言うなら行くぜ」

「お言葉に甘えて」

「ラッキー!!」

ゴンドラに乗って、と撫子が言ったのでリョーマと桃城がゴンドラに乗る。撫子はゴンドラを操作して、『ルナ・エ・ソーレ』が
ある店へと進む。裕太のゴンドラがついて行っていた。

(……お店、どんなところだろう……水先案内人にちゃんとなれるかな……)

「まずはパーティ楽しんだら?不安がるのはいつでも出来るし」

色々な不安が桜乃の心に浮かび上がる。リョーマが声をかけた。リョーマなりに桜乃を励ましたらしい。

「ありがとう。リョーマくん……」

新しい生活を始めることにも不安があるし、一人前の水先案内人になれるかどうかもまだ解らないが、
まずは撫子がパーティをすると言っていたので桜乃は楽しむことにした。
頼りになる知り合いも出来て、幸先もよい方だった。


【続く】

何となくリメイクしてみたかったので一話だけ、とは言え文章を書き足しただけですが……ね。