謙也バースディ話

       
忍足謙也が目を覚ますとベッドの横に中くらいの大きさの紙袋が置かれていた。
中を開けてみると真新しいベルトが入っている。メッセージカードも入っていた。

「誕生日おめでとう……」

カードには筆記体でルシエラと書かれている。同居人であるルシエラからのものだ。
謙也はベッドから出る。
走り、謙也はルシエラの部屋の前に来た。

「ルシエ……」

紙袋を左手に持ち、ドアノブを右手で捻って開けた謙也が見たのは白いネグリジェが足下に落とした、下着姿のルシエラだ。
ルシエラは謙也の方をゆっくりと向いた。謙也は浪速のスピードスターの異名を表現するかのように素早くドアを閉めた。
ドアを背に謙也は深呼吸をする。何度か謙也の方がタイミングを間違えて風呂場で全裸のルシエラと鉢合わせしたり、
服を脱いでいたルシエラと会っていた。このところは事故は減ってきたがまた起こしてしまった。

「お、お前誕生日プレゼント、くれたんやな」

聞こえるように謙也はルシエラに言う。
反応がない。怒らせてしまったのか、と言うか怒っているだろうと謙也が冷や汗を掻いた。

「着替えたから、入って良いわよ」

その声に謙也はドアを開ける。四天宝寺中の制服を着たルシエラ・ガートルード・ジンガレッティが不機嫌そうに居た。

「……覗くつもりはなかったんや」

「覗くつもりでいたら攻撃していたけど……貴方の誕生日だから何もしないであげる」

ルシエラは息を吐いた。謙也よりも身長が二十センチ以上は小さいルシエラだが攻撃に転じれば謙也も適わない。
ビンタやアッパーカットは何度も謙也は食らってきた。

「誕生日プレゼントおおきにな」

「日本の誕生日は誕生日主に物をあげるから風習に従っただけよ。これがイタリアなら貴方に奢って貰うつもりだったわ」

ルシエラはイタリア出身だ。イタリアと日本の風習は違うところが多々ある。

「ベッドの側に置いてあったけど」

「寝てる間に置いたのよ」

昨日の謙也は早く寝てしまっていた。
寝ている間にルシエラはベッドの側にプレゼントを置いておいてくれたのだろう。]
プレゼントのベルトはブランドの物の高いものである。

「一番にくれたんやな」

「おばさまが謙也に一番にあげると喜ぶって聞いたから」

おばさま、は謙也の母親の忍足万里子のことだ。看護士をしている。
ルシエラは一年ほど前に倒れていたところを謙也の同級生である白石蔵ノ介によって助けられ、忍足医院に運ばれてきた。
万里子に随分と世話になったと今のその時の恩を感じているらしい。
日本には観光旅行に来たらしい。それが今では忍足家にホームステイをしていた。
日本に住みたいとルシエラが言って忍足夫妻が忍足家にホームステイをすればいいと言ったのだ。

「おかんがか」

「みんなプレゼントを用意してるって、家に帰ったらお祝いよ。その前にテニス部だけど」

「パーティしてくれる言うたからな」

今年、四天宝寺中を卒業した謙也だが、謙也の誕生日を祝うためにテニス部でパーティをする。

「謙也は後で良いわ。私はもう行くけど」

ルシエラは四天宝寺中の二年生だ。朝練がある。

「間に合うようにはいくで」

「早く来すぎないでよ。スピードスター」

ルシエラは鞄を持つ。謙也の部屋もルシエラの部屋も二階にある。一階に行かなければ食事も出来ないし玄関にも行けない。

「お前、今度の休みに遊園地行かんか?」

「遊園地?」

行こうとするルシエラに謙也は誘いをかけた。

「春休み入ったら、二人で。イタリア風に言うならオレが奢るみたいなので」

「……貴方の奢りなら行くわ」

ルシエラは微笑む。嬉しそうだった。同居するようになって一年、一つ屋根の下に住むようになってから、ルシエラは謙也に
ペースが速いと苦言したり、煩いと言ったりもしていた。
喧嘩も何度もしているが今は仲良くなっている。
ルシエラは自分のことを余り話してくれないが、距離は近くなっていた。
彼女は心から笑うようにもなっていた。

「決定やな」

謙也は右手でルシエラを引き寄せる。いくらルシエラが強いとは言え不意を突かれればルシエラもそうは動けない。
腰を右手で固定すると謙也はルシエラの頬に口付けた。

「謙也」

「嬉しいからしてもええやろ」

「後から言ってるんだけど」

「何ならクチビルでも……」

言った謙也の鳩尾に拳が叩き込まれた。
謙也は呻く。

「調子に乗らない」

「かなり良いアタリやったんやけど……」

謙也はまだ動けない。

「遊園地、楽しみにしているわ」

彼女は言うと、部屋を出た。謙也はどうにか動けるようになるとプレゼントの包みを改めて眺めた。
一番に貰ったプレゼントがルシエラの物で謙也は良かったと想う。
最高の誕生日になりそうだった。
後に万里子がくれたプレゼントが遊園地のチケット二枚組であったり、謙也がルシエラを遊園地に誘うと言うことが
四天宝寺テニス部のメンバーに知られ、みんなで遊園地に行くことになってしまったりしたが、
現在の謙也はまだ知らず、ルシエラの誕生日プレゼントを片手に機嫌を良くしていた。


【Fin】

元はツイッターで書いた話を一つに繋いで微妙に改訂したもの。誕生日おめでとう謙也とは言え、アップしたのは後の方だけど

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