忍足侑士と幽霊との小雨前

        
『嘆かわしいことです。目には目をの意味を曲解する人が多い』

氷帝学園中等部男子テニス部は今日部活がなかった。忍足侑士は恋愛映画でも観ようと一人で帰宅しようとしたら、
幽霊の声が聞こえてきた。放課後になる前の話だったと想う。
校内を一人、彼は歩いた。

「ハムラビ法典やったか。目には目を、歯には歯を好意には好意……みたいな」

『好意にはありませんが、その言葉自体は旧約聖書にも書かれています。――』

青年の幽霊は交通事故で瀕死状態に陥った忍足と契約し、魂の半分を共有することで、
彼を生きながらえさせてくれている。
幽霊が言った言葉は忍足には理解出来ない言葉であった。

「……何語」

『ヘブライ語です。日本語にすると、もし、その他の損傷があるならば、命には命、
目には目、歯には歯、手には手、足には足、やけどにはやけど、生傷には生傷、打ち傷には打ち傷をもって償わねばならない
と言ってみました』

「ヘブライ語かい」

『旧約聖書はヘブライ語ですけど』

この幽霊は頭がいい。勉強が出来る。
忍足の危機を何度も救ってくれた幽霊だ。誰も居ないことを良いことに彼は声に出して幽霊と会話をする。
幽霊の声は忍足以外には聞こえないため、忍足が一人で喋っているようにしか、誰かから見れば見えない。
出典は出エジプト記ですよ、と付け足された。

「お前、大学とか出てとったんか」

『出てません。高認とか持ってませんよ』

高校も出ていない割には知識は多い。
忍足が玄関から出る。

「映画は……」

『ユーシ。傘を』

短く幽霊が言ってくる。忍足は傘置き場から適当にビニール傘を取る。適当に持ってしまったが、
今日の忍足は傘を持っていない。
使って居なさそうな傘を手に取ると帰る。
駅に着く前に忍足の髪の毛を水滴が濡らした。
雨が降ってきた。

「……当たったな。幽霊の預言」

『単なる天気予報です』

「おおきに」

忍足は傘を広げた。透明なビニールが咲く。
そのまま彼は、駅へと入っていった。


【Fin】